花三題

【解題】

 古今和歌集巻第十、「物名」(もののな)の巻から、花の名を織り込んだ和歌を三首選び、曲を付けたもの。和歌はい
づれも言葉遊びではあるが耽美的な気分も湛え、いかにも平安貴族らしい典雅な情趣と機知に富んでいる。

【解析】


 
第一歌 薔薇(さうひ) 

○我は|けさ|初(うひ)にぞ|見つる|花の色を|あだなる 物と|言ふ|べかり  |けり
  
 | さ  うび    |
 私は|今朝|初めて   !|
   | 薔  薇  の  |   |花の色を|
              |見た |    。移ろい易い物と|言う|べきである|なあ。

                                 (古今集・巻第十・物名・436・紀貫之)

 第二歌 桔梗(きちかう)の花

○あき近(ちか)う|野は|なり|に|けり   |白露の|をける草葉も|色 |変はり 行く
 
 き  ちか う のは な |
  秋 近    く|野は|なっ|た|ことだなあ。
  桔  梗    の 花  |      の|白露が|置いた草葉も、色が|移ろって行くことだ。

                                 (古今集・巻第十・物名・440・紀友則)

 第三歌 紫苑(しをに)

○ふりはへて|いざ|古里の|花 見 むと   |こし| を|  |にほひ |ぞ|移ろひに   ける
                       
| し  を    に   |
 わざわざ |さあ|故郷の|花を見ようと思って|来た|のに、
                       | 紫       苑の花の|
                                |色つや |は|衰えてしまったことだ。

                               (古今集・巻第十・物名・441・読人知らず)

出典:古今和歌集
作曲:中能島欣一



【語注】


薔薇 「思ふに、この薔薇は、常の野茨ではないから、支那から舶来の当座などで、ひどく珍しかったものであろう。貫之もこの時はじめて見たので、『うひにぞ見つる』といったと思はれる」(金子元臣『古今和歌集評釈』)


桔梗 「きちかう」は、漢字をそのまま発音したもの。ききょう。秋の七草の一つ。






紫苑 現代の「しおん」。秋の頃、紫色の花を開く。
にほひ 現代の「匂い」とは違い、視覚的印象を表す。美しい色艶。「香(か)」は現代と同じ嗅覚的印象を表す。

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