千代の鶯

【解題】

 新春の朝の訪れを天地開闢の時に譬えて荘厳に歌い始め、次に東山、加茂川、などの新春の風景を描写する。さらに鴬の声に万代の繁栄を願っている。

【解析】

○   |喜びの|眉 を|開きて|天の  戸の、
 人々が|喜びの|表情を|表して|天の岩屋戸が|
            |開いて、      |暗闇の日本の国に再び光が蘇った時のように、

○ひと夜明くれば |   春 |立つ   や  。
   霞 棚引く|東山     、
  一 夜が明けると、新しい春が|やって来るのは 、まず、霞が棚引く|東山の空である。

○  |前の流れは|底  清き     、加茂 の川瀬の|曙の   、
 その|前の流れは|底まで清らかに見える| 鴨 川の川瀬の|曙の景色 、
                            |曙とともに|一朝にして全てが新しくなるという|

○寝耳に水の   幸ひを|   告げて遊ば    ん |百千鳥 、
 寝耳に水のような幸いを|人々に告げて遊んでいるような| 鶯 が、

○友 呼び   |集ふ|笹舟をつなぐ縁(えにし)の|親しみ   も、下の新地の|うるはしさ     。
 友を呼ぶように、
 友を呼んで  |集う|酒樽を囲む 縁ある者同士の|親しい交わりも、下の新地の|うるわしい景色である。

○柳 桜の|たぐひなく   、わきて |わ が住む  軒ごとの、かざり  |えならぬ |花 のえにし を、
 柳や桜が|たぐいなく美しく、とりわけ|我々が住む家の軒ごとの、飾りとして|この上ない|花との結びつきを|

○万代(よろずよ)|呼ばふ  |鶯の声    。
 万代     も|歌い続ける|鶯の声であるよ。

【背景】

 天の戸の

○ここに天照大御神、怪しと思ほして、天の岩屋戸を細めに開きて、内より告(の)りたまひしく、「吾が隠(こも)り坐すによりて、天の原自づから闇(くら)く、また葦原中国も皆闇けむと思ふを、何のゆゑにか、天宇受賣は楽をし、また八百萬の神も諸咲(わら)へる。」とのりたまひき。ここに天宇受賣白言(まを)ししく、「汝命(いましみこと)にまして貴き神坐(いま)す。かれ、歓喜(よろこ)び咲(わら)ひ楽(あそ)ぶぞ。」とまをしき。かく言(まを)す間に、天兒屋(あめのこやね)の命、布刀玉(ふとだま)の命、その鏡をさし出(いだ)して天照大御神に示(み)せ奉る時、天照大御神、いよよ奇(あや)しと思ほして、やや戸より出でて臨み坐(ま)す時に、その隠り立てりし天手力男の神、その御手(みて)を取りて引き出す即(すなは)ち、布刀玉(ふとだま)の命、尻久米縄をその御後方に控(ひ)きわたしてまをししく、「これより内にな還(かへ)り入りそ。」とまをしき。かれ、天照大御神出で坐しし時、高天の原も葦原中国も、自ら照り明(あか)りき。(古事記・上巻)

 霞棚引く東山

○ほのぼのと|春こそ空に|   来に けらし|    |天の香具山 |霞 棚引く
 ほのぼのと、春 は 空に|やって来たのだなあ、その印に、天の香具山に|霞が棚引いている。

                            (新古今集・巻第一・春上・2・後鳥羽上皇)

 百千鳥友呼び

○さ夜中に友 呼ぶ千鳥 |  物思ふ と   |わび   をる時に|鳴きつつ    |もとな |
  夜中に友を呼ぶ千鳥が|私が物思いにふけって|気落ちしている時に、鳴いていることだ、むやみに。

                                  (万葉集・巻第四・618・大神女郎)

作詞:本多平右衛門
作曲:光崎検校



【語注】


眉を開きて 「眉を開く」は、心配事などが解決して、ほっとした顔をすること。
天の戸の⇒背景
霞棚引く東山⇒背景






告げて遊ばん 「ん」は婉曲。
百千鳥 現代の注釈では「種々の鳥」とされるが、古今伝授三鳥の一つで、諸説があった。「和歌秘伝鈔」 (1941 飯田季治 畝傍書房) では、「鶯」という説を紹介している。ここでは「鶯」の意味で使われている。
百千鳥友呼び⇒背景
下の新地 京都の遊郭の名とされるが、未詳。

















来にけらし 「来にけるらし」の短縮形。「らし」は根拠を示して推定の意を表す助動詞。「春が空にやって来たのだなあ」と推定する根拠が、「天の香具山に霞が棚引いている」という事実である。



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