千鳥の曲

【解題】

 この曲は幕末に箏曲の復古的改革を目指した吉沢検校四十八歳ころの作曲で、古今組五曲のうち、初めに作られた曲である。古今組はこの曲の他に「春の曲・夏の曲・秋の曲・冬の曲」があり、この四曲はすべて古今集の和歌を歌詞とし、また、初めは手事のない組歌形式で作られたので、古今組と呼ばれている。ただ、この「千鳥の曲」だけは他と違って、歌詞は古今集と金葉集から一首づつ採られており、また、作曲時から手事を持っている。手事は、波の音や千鳥の鳴き声などを旋律の中に生かしている。平易でしかも格調高い歌詞と華麗な手事とが相俟って、名曲として親しまれている。

【解析】


○ しほの山|     |差し出の磯|にすむ千鳥
 《潮》        《差し》
  塩 の山|のふもとの|差し出の磯|に住む千鳥は、

○  |君|が|御 代|を|ば|八千代  |       |とぞ|鳴く
 わが|君|の|御治世|を|!|八千代  |も続けと願って、
               | チヨチヨ|       |と!|鳴いています。

                   (古今集・巻第七・賀・345・よみ人知らず)

                          ┌─────────────┐
○    淡路島 |  通ふ|千鳥の鳴く声   に|幾夜|寝 ざめ |ぬ|   ↓|須磨の  関守
 須磨から淡路島に|飛び通う|千鳥の鳴く声のために、幾夜|目を覚まし|た|だろうか、須磨の関の関守は。

                             (金葉集・巻第四・冬・270・源兼昌)

【背景】

 
しほの山差し出の磯

 山梨県山梨市の市役所付近の笛吹き川の岸に「差し出の磯」の地名があり、隣接する塩山市の「塩ノ山」の麓でもある。現在でもコチドリ、イカルチドリなどが生息し、保護区になっている。千鳥は世界中に分布する水辺の小禽であり、海岸だけでなく、干潟、河川、湿原、草原などの様々な環境に生息する。「差し出の磯」は、
山の隆起の余勢が麓まで差し出ている所の磯という、地形を表す語が固有名詞になったもの。「差し出」は突き出ることで、現在でも、「差し出がましい」などと言う。「磯」は岩や砂利の多い岸辺で、海だけでなく、川についても言う。

作詞:源兼昌・他
作曲:吉沢検校






【語注】


しほの山差し出の磯⇒背景
差しは縁語。「差す」は潮が満ちること。
八千代 千鳥の鳴き声の「チヨチヨ」を「八千代」と掛けた。
淡路島通ふ千鳥の… この歌には、「関路千鳥といへることを詠める」と詞書がある。

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