吾妻獅子
【解題】 京の都から吾妻に下って恋の遍歴をした在原業平を気取ってお江戸吉原を訪れた田舎者の男を主人公に、江戸時代版伊勢物語のような舞台設定で、正月の吉原の風景と色里の恋の風情を楽しく点描した歌詞。当時の吉原の町の賑わいを偲ばせる、明るい歌詞と軽やかなリズムが特徴である。下線部に、正月の風景や風俗が読み込まれている。 【解析】 ○昔より、 |云ひ習はせし、東下りの|まめ男 |慕ふ | 旅路や、 昔から、伊勢物語で|語り伝え た 東下りの|好き者、在原業平を|気取った|吾妻の国お江戸の色里探訪!、 ○ 松 が枝 の 、富士の高嶺に|白 妙 の、 花の 姿に|吉原 訛(なま)り | 待つていたのは| 門 松 の枝と 、富士の高嶺に|真っ白に積もる|雪の花のような姿に|吉原の廓言葉 の| ○ | 君が|身に添ふ | |牡丹 に|馴れ て、 花魁(おいらん)の君 、その君が|身に着けた|衣装の模様の|牡丹のような|美人の|馴染み客になって、 ○ |おのが|富貴の 花 と| のみ 、 | 弥猛心(やたけごころ)も| この牡丹は|おれの|財力の証しだなどと|自慢ばかりして、唐獅子のような|遊女の強情さ も| ○ 憎からず 、思ひ 思ふ |千代 までも、|情に、 @かざす Aかはす | かえって可愛いものと思い込み、入れあげ捧げた|永久(とわ)の|情、 |千年後までも |愛しますと@書き贈ったA贈り交わした| ○後朝(きぬぎぬ)に、糸竹 の心 乱れ髪、うたふ | 恋 路や 露 添ふ 春も| 後朝の文 に、糸竹を奏でる遊女の心も乱れ髪 のように| 乱れ 、 歌 う | 恋の路!、 |その恋の路の風情を|情けの露が降りる春も| ○ 呉 竹の 、かざす扇に | |うつす 曲 。 暮れ 、 呉 竹の骨の、かざす扇に合わせて|奏でる獅子舞の旋律に| 移 したのがこの曲です。 ○花やかに 乱れ乱るゝ| | 妹背 の| | 道 も、獅子の 遊びて幾千代までも、 花やかに、乱れ乱れた|この|お二人さんの|正月の吉原の|恋の道にも、獅子が舞い遊んで幾千代までも、 ○変はらぬ |B色 |C世| や| 目出度けれ 。 変わらない| 恋の道| 世|を寿(ことほ)ぐのは|お目出度いことだ。 【背景】 東下り ○昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東のかたに住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、一人二人してゆきけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。三河の国、八橋といふ所に至りぬ。… まめ男 「まめ男」は普通名詞としては「誠実な男」、「恋愛において誠実でひたむきな情を持つ男」という意味だが、伊勢物語が多くの人に知られたために在原業平を指すようになり、また、「恋愛を好む男・好色な男・好き者」という意味で使われるようになった。 ○昔、 男 ありけり。 奈良の京 は離れ、この 京は人の家 まだ|さだまらざりける時に、 昔、一人の男がい た 。人々が奈良の都からは離れ、今の平安京は人 家がまだ|整っていなかった時に、 ○西の京に 女 あり けり。その女、世 人に は|まされりけり。その人 、かたちよりは、 西の京に一人の女が住んでいた。その女は世間の女よりは|優れて いた。その人は、 容貌 よりは| ○心 |なん|まさり たり ける。一人のみ も|あらざりけらし。それ を、かの|まめ 男 、 心が| ! |勝っていたのだった。一人だけ(独身の身)でも|なかったようだ。その人を、例の|誠実な男が| ┌───────────┐ ○うちものがたらひ て、帰り きて、いかが|思ひ|け ん ↓、時は弥生のついたち、雨 そほ降る に、 言い寄って情を通じて、帰ってきて、 どう |思っ|たのだろう|か、時は三月のついたち、雨がそぼ降る折に、 ○ | やり|ける。 女の許に|歌を贈っ| た 。 ○起きもせず |寝もせで |夜 を|明かしては |
作詞:長堀丁々 作曲:峰崎勾当 【語注】 東下り⇒背景 富士の高嶺 正月の晴天にくっきり浮かぶ富士は、東国と江戸の象徴である。また、「一富士、二鷹、三なすび」ということわざにあるとおり、富士は正月には目出度いものとして賞される。 牡丹 唐獅子牡丹の模様があるように、牡丹と獅子は縁が深い。獅子舞の扮装の衣装には、牡丹の模様が描かれることがよくある。また、牡丹は「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」のことわざにもあるとおり、美人の象徴でもある。 富貴 富貴草は牡丹の異名。 校異@ A 後朝 男女が契りを交わした翌朝、男が女の許に届けさせた手紙。後朝の文とも言う。 呉竹のかざす扇 呉竹は扇の骨の材料。 扇 獅子舞の曲目の中に「扇の舞」などがある。 妹背 「妹」は男が女を親しんで呼ぶ言葉、「背」は女が男を親しんで呼ぶ言葉。「妹背」は夫婦・恋人同士。 校異B C いかが思ひけん 真面目な男だけに、女の夫に気兼ねでもしたのだろうか。作者の、主人公に対する同情的評言。 |