秋の初風
【解題】 平家物語巻一の「祇王が事」を歌ったもの。 【解析】 ○一 樹の陰に| 宿り あひ |同じ流れ を|掬(むす)ぶ |だに| 一本の樹の陰に| たまたま一緒に| |雨宿りし 、同じ流れの水を|すくって飲んだ相手とで|さえ、 ○別れ 悲しき | 習ひ| な り。 別れは悲しいのが|人の世の習い|である。 まして祇王にとって、三年も住み慣れた清盛の館を出るのは名残も惜しく悲しかったが、 いよいよ館を出ようとする時、泣く泣く障子に一首の歌を書き付けた。 ○ 萌え出づる |も 枯るる |も 同じ |野辺の 草| 、 春になって萌え出す 草|も、 枯れる草|も、結局は同じ |野辺の 草|である。 新しく寵愛を受ける人|も、寵愛を失う 私|も、結局は同じ |はかない女の身|である。 ┌────────────────────────┐ ○いづれ か|あきに|あは| で|果つ| べき |↓ どちらが | 秋 を|迎え|ないで|済む|ことがあり得よう|か、いや、どちらも| どちらが |飽きられ |ないで|済む|ことがあり得よう|か、いや、どちらも| やがては| 秋 を迎えて|枯れて しまうのだ。 やがては|飽きられ て|捨てられてしまうのだ。 ○浮世の|さがに|嵯峨 深く 涙 の| きみ ぞ 甲斐 なくも 草 の庵を| <サガ><サガ> 浮世の|習いで|嵯峨の奥深く 涙に暮れる|祇王の 君 が! 苦労した甲斐もなく 粗末な庵を| ○結び| ける 秋の初風 吹き|ぬれ|ば 星合の空 眺め|つつ 天の 戸 |渡る | 結ん|でいたが、秋の初風が 吹い| た |ので、七夕の空を眺め|ながら、天の川の舟の通い路を|渡る舟の| ○ 梶(かぢ)の| 葉に 思ふ事 書く |頃なれ や|燈火 かすか |かきたつる | 梶| その梶| の|木の葉に 願い事を書きつける|頃だろうか、灯火をかすかに|掻きたてて暮らしている| ○庵の編戸を うち叩く 君| |は|さんげ も|さめざめと| 庵の編戸を 叩いて、仏御前の君|が訪ねてきた。 その仏御前の君| |は|懺悔の言葉も|さめざめと|泣きながら語り、 ○ |一つ 蓮 の 身と|なり ぬ| 。 祇王の家族と|同じ極楽の蓮の花の上に |生まれ変わった|ということである。 【背景】 一樹の陰に宿りあひ ○或いは 一 村に処(を)り、一 樹の下に 宿り 、一 河の流れを|汲む は、 例えば、同じ村に住み 、同じ樹の下に雨宿りし、同じ河の流れを|掬って飲むのも、 ○(中略)皆是れ |先の世の|結縁 な り。(説法明眼論) 皆これは|前 世の|因縁である。 きみはさんげも…一つ蓮の身となりぬ 参考に、歌詞の元になっている『平家物語・祇王』の概略を記す。 権勢を誇っていた平清盛は祇王という白拍子を寵愛し、その母君や妹の妓女の面倒も見ていたので、祇王一家は人もうらやむような豊かな生活をしていた。三年ほど経ったある時、仏御前という白拍子が、都に現れ、清盛の御前で歌舞を披露したいと願い出た。仏御前は加賀の国の者で、年は十六歳だった。清盛は初めは相手にしなかったが、祇王のとりなしで、仏御前は清盛の前で歌舞を披露することになった。ところが清盛は一目で仏御前が気に入ってしまい、身近に置いて寵愛しようとした。祇王の座を奪うというつもりなどなかった仏御前は自分が引き下がろうとしたが、清盛は仏御前が祇王に遠慮しないようにと、祇王を追放してしまった。祇王は、 ○萌え出づるも 枯るるも同じ 野辺の草、いづれか秋にあはで果つべき の歌を残して清盛のもとを去った。ところが、その翌年の春、清盛は祇王を呼び出し、退屈している仏御前を慰めるために仏御前の前で歌舞を披露することを強要した。祇王は妹の妓女とともに参上し、屈辱をこらえて舞い歌い、その後、自害を考えたが思いとどまって、母、妹と共に出家し、嵯峨の山里に隠れ住んだ。この時、祇王二十一歳、妓女十九歳、母四十五歳だった。 季節が移って、秋の初風の立つ頃、祇王親子三人が念仏を唱えている所に、竹の編戸をほとほとと叩く者がいた。出てみると、そこにいたのは出家して尼の姿となり、清盛の館を抜け出してきた仏御前だった。 ○ かづきたる衣(きぬ)を|うちのけたる を|見れば、尼になつてぞ 出で来たる 。 仏御前が被っていた衣 を| 脱いだ のを|見ると、尼になって 抜け出て来たのだった。 ○「かやうに 様(さま)を変へて参りたれ ば、 日頃 の科(とが)をば|許し 給へ 。 「このように尼に姿 を変えて参りましたので、今までの罪 を |許して下さい。 ○許さ んと|仰せられ ば 、諸共に念仏 |し て、一つ蓮(はちす)の身と|なら ん。」 許してやろうと|おっしゃるなら、一緒に念仏を|唱えて、同じ蓮の花の上に |生れ変りましょう。」 こうして祇王一家と仏御前は、四人が同じ家で仏道に励み、みな極楽往生の本懐を遂げたということである。 天の戸渡る梶の葉 ○七月七日、梶の葉に書き付け侍りける。 ○ 天の川 戸 渡る舟の| 梶の葉に|思ふ事をも書き付くる かな 彦星を乗せて天の川の瀬戸を渡る舟の| 梶、 |その梶の葉に|願い事を 書き付けて星を祭ることだなあ。 (後拾遺集・秋上・242・上総乳母) |
作詞:石橋令邑(れいゆう) 作曲:宮城道雄 【語注】 一樹の陰に宿りあひ⇒背景 星合 牽牛・織女の二星が逢うこと。七夕。 梶の葉 梶の木の葉。七夕の日にこれに歌などを書いて織女星に供える習慣があった。⇒背景 きみはさんげも⇒背景 一つ蓮の身となりぬ⇒背景 戸 川幅が狭くなっている所。陸と陸の間の、狭い海。瀬戸。海峡。 |