磯の春

【解題】

 南宋の詩人陸游(りくゆう)の詩を踏まえて、遊興の七年間を過ごした昔を懐かしく思い出しながら、今、雨の夜に箏の音を聞いて、静かな生活を楽しむ心を歌ったもの。

析】


○箏の音   に、      七年(ななとせ)過ぎし |夜の雨 、軒より落つる  |   面白さ 、
 箏の音を聴くと、錦城に暮して七年間   が|過ぎたが、夜の雨の|軒から落ちる音の|静かな趣き に|

○知ら で   |悔し   と|唐土(もろこし)の|      人の|  言ひけむ  言の葉を|
 気付かずにいて|残念だったと、中国      の|陸放翁という人が|詩に作ったという言 葉を|

思ひ出づれば|   うべ  なれ |や。
思い出す が、それももっともである|よ。

○月雪花(つきゆきはな)の|移り香は|浅く染ま |     め|や|我が袖に、
 月雪花        の|移り香は、              |私の袖に|
                  |浅く染まっ|ているだろう|か、    |いや、深く染まって残っている。
                                 |私の袖に|

○ゆかしく|残る   |磯の春、その|       |来し方の|  慕はるる、
 懐かしく|残っている
|磯の春、その|磯辺の暮らしの|今までの、心を引かれる|月雪花の風情を、

○    |同じ      心に|倣ひつつ 、世に 面白き|糸竹の、調べを友と|なして|遊ば む!。
 陸放翁と|同じ風雅を愛する心に|倣いながら|よにも面白い|音楽の|調べを友と|思って|楽しもうよ。

【背景】

 この歌詞は、南宋の詩人陸游(りくゆう)の次の詩を踏まえている。

○冬夜聴雨戯作詞 冬 夜(とうや)|雨  を聴きて|戯れに詞を作す
         冬の夜     、雨の音を聴いて、戯れに詩を作った。

○遶檐点滴如琴筑 檐(のき)を|遶(めぐ)る|点滴    |琴 筑の如く |
         軒端   を|囲んで落ちる|雨だれの音が、琴や筑のように|音を奏で、

○歌枕幽斎聴始奇 枕 に|歌ふ を   |幽  | 斎 に|聴きて|始めて  奇なり
         枕元で|歌うのを、この|静かな|部屋で|聴くと、思いがけず趣がある。

○憶在錦城歌吹海 錦城の|歌吹海(かすいかい)に|        |在る   を|憶ふ
         錦城の| 遊里        で|歌舞音曲に耽って|暮らしたのを、思い出すが、

○七年夜雨曾不知   七年 の|夜 雨     |曾(かつ)て|      知ら  |ず
         その七年間 、夜の雨を聴いても、一度も   |そんなことに気がつか|なかったなあ。

陸游(りくゆう)

 1125(宣和7)〜1210(嘉定2)。南宋の政治家、詩人。号は放翁。普通は陸放翁の名で呼ばれる。詩人としては、南宋四大家の一人。当時中国大陸の北半分は遊牧民国家、金に支配されていたが、陸游の詩は強硬に対金主戦論を唱えた愛国的な詩風と、閑適な日々を詠じた思索的な詩風の二つの側面がある。

作詞:不詳
作曲:幾山検校



【語注】










月雪花 漢文では「雪月花」(せつげつか)と言うが、日本語では「つきゆきはな」と言うことが多い。














遶る
 「遶る」はぐるりと取り囲むこと。昔の家は雨どいがなかったので、家を取り囲むように軒から雨だれが落ちた。
 琴に似て、竹で打ち鳴らす楽器。五絃、十三絃、二十一絃の三種類がある。
錦城 蜀(今の四川省)の古都。
歌吹海 かすいかい。歌舞・音曲などの盛んに行われる所。遊里。







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