◎CAI関連論文1◎

初めに授業ありき ――古文学習ソフトを作って 山戸竹男(成蹊高校教諭)

 昭和六十(1985)年の秋、子供に買ってやったファミコンで「ポートピア連続殺人事件」をやってみて、たいへん感心した。読者は探偵となって推理し、捜査の道筋を選択しつつ自分だけの真相究明の物語を作っていく。こんな形式の推理小説は、今までも多くの作家が夢見たに違いないが、コンピューターの発達がそれを実現させたのである。この形式は、学習についても示唆を与えてくれるようだ。個々の生徒の知識と理解に合わせた、その生徒だけのための授業進行が実現しないものだろうか。

 その年の暮、自分の授業をソフト化しようというアイデアが突然浮かんだ。コンピューターとは殆ど縁がなかったのにそんなことを考えた理由を説明するためには、その五年ほど前のことから話さなければならない。

 昭和五十五年頃、私は教員歴七〜八年目になっていたが、高校の古典文法の教科書に不満を感じ始めた。教科書の記述は学問体系に縛られて、学ぶための順序はあまり考慮されていない。文法学習の目的は、解釈にすぐ役立つ実践的な方法の獲得でなければならない。私は、もっと効率のよい方法で文法を教える必要を感じた。

 一学期の初めの授業では、たいがい教室の窓から桜が見える。そこで、「花が咲く。」と板書して、かねて用意の第一問を発する。「さて、これを平安時代の人はどう言ったでしょうか。」幾つかの誤答の後、「花咲く。」という正答が出る。そこで、古文では普通は主格を示す格助詞「が」が使われないこと、つまり古語を現代語訳するためには「が」を補うことを教える。これはもっともやさしく、応用範囲の広い規則である。次に第二問として「花が咲かない。」を古文でどう言うかと尋ね、打消の助動詞「ず」の終止形と訳し方を教える。同じように、過去の助動詞「けり」の終止形と訳し方、さらに接続助詞「ど・ども」の訳し方……。付ける言葉によって、生徒自身が「咲く」という動詞を「咲か−ず」、「咲き−けり」というように無意識のうちに活用させていることにも気付かせる。こうして、古文読解に緊急不可欠の事項から順に、一問一答を通じて教えていく。

 こういう授業を毎年繰り返しているうちに、私は、どの時点でどういう問題を出すとどんな誤答が出て来るか、だいたい予測できるようになった。だから、誤答への対応も前もって工夫しておくことができた。たとえば、第二問では「花咲かない。」という誤答が出る。これは第一問から得られた規則を適用して「が」を取ったのだが、古語の「ず」が使えなかったのだ。だから、何らかの方法で「ず」を教えればよい。また、「花咲かぬ。」という誤答がある。これには、終止形と連体形の混同であることを説明する。また、「花が咲かず。」のような誤答に対しては、第一問の規則を復習して応用させる。復習の効率を高めるために、問題を出す順序を工夫することがきわめて大切である。このようにして、私の授業はいつかアドベンチャーゲームのような形式を持つことになった。「ポートピア」から古文CAIを着想するためには、それに先立つ五年間のこのような授業研究がどうしても必要だったのである。

 その後私は理科系の友人の助力を得て学習ソフト「古文解釈Highroad」を作り、平成二年にバージョン二(注1)を発表した。これは、NECの98のMS-DOS上で動き、高校一年の一学期分の解釈と文法が個別学習できる。また、CAI理論を研究するうちに『授業の設計入門』(注2)という名著に出会い、私の着想が二十年近く昔に研究されていた「プログラム学習」の末流に位置することを知った。

 CAI(コンピューターを利用した教育)は、広く実用に供するにはまだ多くの課題を残している。これからも授業研究とCAI研究とを並行して進めて行きたい。(東京法令出版『月間国語教育』1991年2月号に掲載)


(注1) 学習研究社 『自作教育ソフト年鑑』 平成二(1990)年版 六十六頁参照。
(注2) 沼野一男著 国土社刊。一九七六年