<村を歩いて>      <布袋屋通信>

第14回目は、慈恩寺山の御堂跡を紹介します。

慈恩寺には開山以来修験のためのお堂が数多く建てられた。
しかし、今はお堂の姿は無く石碑だけが場所を示している。

慈恩寺本堂左の階段を上るとそのお堂跡はある。

弘法大師堂

  弘法大師空海(774年〜835年)は、
811年1月15日嵯峨天皇に即身成仏の
現証として大日如来に化身して見せた。


慈恩寺の開基が746年と伝えられており、
この地に空海が訪れたことも考えられる。

経 堂

たいせつなお経がここに納められて
いたのだろうか

天神堂

 

役行者堂

修験道の開祖として崇敬されている役
行者こと役行者小角(637年〜701年)。
699年伊豆大島に流刑された時、空中
飛行術を使って関東や東北の霊山を訪れ
山林修行の道場を開いたと伝えられている。


この慈恩寺にも来たのだろうか。

婆羅門堂

746年、護摩修法を開いたインドの
バラモン教の大僧正が慈恩寺を訪れ、
ここに精舎を建立したのが慈恩寺の始
まりと伝えられている。


このお堂跡の上には今も護摩炉があり
柴燈護摩会が9月10日に行われる。

白山堂

護摩炉の上にこのお堂はある

新山堂
大黒堂

大黒天信仰がインドから伝えられたのは
平安時代のことで、その時は悪魔をこら
しめて改心させるために大日如来が忿
の形相をした摩神であった。
今の様に七福神の一神となったのは室町
時代からで、慈恩寺で大黒天のみを奉っ
ていることから平安時代からの聖地であ
った事がうかがえる。

 

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