うらぎり
うらぎり '99_01_14
「よう、まあここ来ていっぱい飲めよぉ」
イスにどっかと腰を下ろした男がうめいた。
開けた扉の向こうには、望ましくない展開が待っていたのだ・・・。
帰り支度を済ませ、学生に一言声をかけてから帰ろうと思い、開けた扉の向こう
に待っていたのは井原さんだった。
彼は私の先輩にあたる職員である。
困ったことに酔っていた、既に。
部屋には珍しいことに学生が全員揃っていた。
その数8人。
16瞳は、一様に「何とかしてくださいよ」という視線を投げかけていた。
酔った井原さんに掴まると長い。
終電まで帰してくれない。
研究室の歴史を懇々と話し、絡むのであった。
囲碁・将棋が得意な学生などは、朝まで相手をする事になってしまう。
そして井原さんは、また後悔の朝を迎えるのだ。
ああ、またからんじまった・・、と。
しかし、時期がら、今はまずい。
学生さんは修論発表を間近に控え、忙しい時期なのだ。
実際にお酒を飲むことで費やされる時間は短いが、それが心に与える負担は想像
以上に大きい。
彼らを何とかして解放してやらなければ・・・。
見ると机の上に赤ワインが数本置かれていた。
いつぞやのパーティーの残り物だ。
早く飲み尽くして終わらせよう、私はそう思った。
私は積極的に飲み、学生達にも注いだ。
その際に、飲み尽くしたら「ラーメンでも食いにいきましょう」と言って外に連
れ出すから、と言い含めたのだ。
飲んだあとは締めにラーメン、これが井原さんのパターンだということは、誰も
が知っている。
みるみるワインは無くなっていく。
あとは「ラーメンでも食いにいきましょう」、そう言うだけなのだ。
『井原さんは俺が引き受けたぜ。くぅ〜俺っていいやつ』
私は一人悦に入った。
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数分後、私はビールを買いに行かされていた。
「ビール買ってきてくれよぉ」、という井原さんの気迫に私は屈したのだ。
こんなはずでは・・、と寒い夜道を歩きながら、言い出すタイミングを逃した己
を呪った。
その後、予想されたように延々と絡まれまくり、終電まで残すところ1時間半と
いう時間になった。
このままではいけない。
早く学生を解放してやらなくては・・。
私はついに勝負に出た。
「井原さん、ラーメンでも食いにいきましょうよ。
ぼく、今日まだ夕御飯食べてないんですよ。」
ご飯を食べていないのは本当だし、実にもっともらしい切り出し方だと思われた。
勝利はすぐそこにある、そう思った。
だが、井原さんはこう宣ったのだ。
「なにっ、ラーメン?
ばかやろうぉ、おめぇ、きょうはら〜めん、やめだぁ。
よっしぃ〜、きょうはピザとるぞ、ピザァ」
まずい展開だ。
何とかしなければならない。
私は学生達が同意してくれるのを期待して、更に主張した。
「ラーメンでいいじゃないですか。
ぼくラーメン食べたいんですよ。
みんな、ラーメンでいいよねえ?」
しかし、そこには意外な答え達が待っていた。
「ピザ、いいですよねえ。
ラーメン昨日食べたし。
井原さんのおごりでしょ?
やったぁ!!」
予想に反して、学生達はピザに傾いた。
おまえら、電波少年の手のひらがえし攻撃か?
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数分後、宅配ピザに電話している自分がいた。
私は泣きたくなった。
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終電が間近くなった帰り道、とぼとぼと歩く自分を見つける。
裏切られた。
その思いが私を覆っていた。
もうだれも信用できない。
またひとつ、心にトラウマが刻まれた。
次の日、更にその次の日も井原さんは仕事を休んだ。