テイルズ オブ ゼスティリア

ネガキャンとポジキャンのせめぎ合い 2015_03_21

 

近頃、すっかりゲームのレビューサイトを見なくなった。
他人様の評価を気にしてもしかないといえばそうなんだが、そういう話でもない。
投稿自体がほとんどないんだよね。
今や主戦場はアマゾンになったようだ。
せっかく書くんだからたくさんの人に読んで貰いたい、と誰もが思うんだろう。
かくいう私も次にやるゲームを探すときはアマゾンを見るし、クラブニンテンドーのアンケートにはいつも「アマゾンのランキング」って書いてたよ、参考にしたHPの欄に。

みんなが見るってことになると、当然、ゲーム機ファンの争いが持ち込まれることになるだろうな。
ネガキャンとポジキャンのせめぎ合いが起こってしまうのも無理のないことだ。
私が言うのもなんだけど、ゲームに固執してるような連中はちょっとどうかしてるからね。

それはともかく、ポジキャンとネガキャンがぶつかれば、大抵は真ん中あたりに評価は落ち着くはずである。
大作の評価は3〜3.5あたりになりやすい。
ポジキャン側に熱意があれば、3はなかなか切れないだろ。
3を切ってくると、何かしらの問題があって庇いきれないって感じ。
そう考えると、1.5ってのは凄いな。
ほとんど誰も擁護していない状態だ、これは。
『テイルズ オブ ゼスティリア』はやらないわけにはいかないゲームだった。
だって、知識として知っておくべきでしょ、このレベルは。

もっとも、まずまず普通に遊べるゲームではあった、最後までやったけど。
元々「テイルズ」が面白いとは思っていないから、これぐらいでいいじゃないか、というのが私の感想である。
手が動いているから、なんとなくやった気にはなるよ。
これがダメなら、なぜ今までは良かったんだ?と逆にききたくなる。

ただし、ポジキャンしてくれる人がいないことについては、一つ思い当たることがある。
この『ゼスティリア』はプレイヤーにゲームへの理解を全く強制しないんだ。
大量に設置された石版を見て、私はそのことに気付いた。
このゲームの中には、ところどころに石版が設置されていて、その石版にはアドバイスが書かれている。
このシステムを上手く使うと、こういう効果が得られますよ、的な事が書いてあるわけだ。
その石版見つけるごとにボーナスポイント?がもらえるあたり、プレイヤーにゲームを理解して頂きたい、という気持ちは伝わってくる。
しかし、それはあくまでも推奨しているに過ぎなかった。

普通は何かしらのシステムを組み込んだら、そのシステムを使わないと倒せない敵を用意しておいて、そこでプレイヤーに理解を問うわけである。
壁を設定して、それを乗り越えさせることで、プレイヤーはここまでは理解していると創り手は想定することができるのだ。
ところが、『ゼスティリア』に壁らしい壁は何もない。
プレイヤーの幅をかなり広く見積もったまま、だら〜っと続いていく。
実際私はこのゲームを全く理解していないが、クリアできてしまった。
最後のボスはちょっと詰まったけど、あそこはボス戦だけの特殊ルールだから、システムの理解とはまたちょっと違う。

こういうゲームの作り方では、おそらくプレイヤーはクリアしても誇らしく思わないだろ。
「テイルズ」面白いっていうと、ちょっと恥ずかしいぐらいの感覚になっちゃう。
名無しさんならともかく、名前を出してポジキャンしようって気持ちにはなれないよな。
おそらく「テイルズ」の固定ファン層にはこういう作りが合ってるんじゃないか、と思うのだが、甘やかしている分、せめぎ合ったら押し込まれるのも仕方ないだろう。
今回1.5まで押し込まれたのはいきすぎとしても、元々ネガキャンに弱いシリーズであることは間違いないんじゃないか。


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