家族計画

解き放ってあげたい 2001_12_16

 

かつて私は疑いをかけた。
『加奈〜いもうと〜』を書いた山田一氏の才能に。
一本だけでは才能を証明したことにはならない。
複数本書いてこそ本物の証だ。
だが、彼はいま見事なまでにその才能を証明して見せたのである。
その作品は『家族計画』。
特筆すべきその構想力は、私の知る限り他を圧倒していた。
『家族計画』は、住処のない者共が疑似家族を構成することによって奏でるホームコメディを基調としたエロゲーである。

私はそのテキストを読みながら、さすがだと思う反面、「ああ、割り切っちゃったんですね」という印象を持つことになった。
非常に良くある手法だったのである。
画面効果を計算に入れてテキストを書く。
エロゲーの世界では、というか、ゲームの世界では当たり前の話である。
『家族計画』はコメディということもあって、テンポアップが要求されるので尚更それは必要であった。
結果として描写が弱くなる。
寺内貫太郎一家的な親子ゲンカシーンなんかは、その最たるものである。

だが、『加奈〜いもうと〜』はそうではないだろう。
あれの絵は後づけのはずだ。
テキストだけ切り離しても十分通用する文面になっている。
そもそもゲーム自体、画面全体に字が表示されるタイプで、絵はあまり情報を持っていないのだ。

結局『家族計画』をプレイし終えても、私の印象は変わらなかった。
これは全く私の想像にすぎないが、山田一氏はどうも吹っ切ったように思える。
エロゲーの物書きとして、少なくとも、ディスプレイ上の物書きとして生きていくことに対する迷いを。
それは私にとって大変喜ばしいことである。
しかし一方では大変残念なことでもある。
彼の才能を留め置くには、このステージは狭すぎるのだ。
私は彼をエロゲーの呪縛から解き放ってあげたい。



<言い訳>

私は山田一氏がどんなコメントを出しているか全く知りません。
よって上に書いてあることは、私の印象に過ぎませんので、あしからず。

これを書いて良いのかどうか結構迷って、『加奈〜いもうと〜』を読み直したりもしたんですが、結果としては自分の直感を信じました。




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