トモダチコレクション_3

3Dの効用 2009_08_27

 

ゲームの世界が3Dに圧倒されて久しい。
コンシューマーの世界でもSS・PS世代から3D一辺倒になった。
ホンマに3Dって意味あんのかいな?、別に今まで通り2Dでいいんじゃないの?なんて思うこともしばしばである。
しかし、もちろん3Dにはそれなりの効用がある。
ゴージャスなフル3Dの作品をやっていると何が効用なのかサッパリ分からないが、ショボイ3Dで2Dと組み合わせられると逆によく分かるな。
『トモダチコレクション』をやっていると、3Dのありがたさがよく分かるのである。

依然として私は毎日一回『トモダチコレクション』をプレイしている。
一回あたりのプレイ時間が短いから、そんなに苦にならない。
前にも書いたけど、私の感触としては『Nintendogs』に近いものがある。

しかし、イベントがたくさんあるように感じられる点において、ちょっと『Nintendogs』とは違う。
このゲームの中の住人は夢を見る。
あるいは、この住民が住む島にはニュース放送がある。
この夢やニュースが割とバリュエーション豊富で、単価の安い作品にしてはちょっと驚かされるぐらいである。
容量の大きいチップは使ってないと思うのだが。

もちろん、バリュエーションが豊富、といってもデータ量にも組み込む人間の労力にも限りはある。
そこでこのゲームでは、Miiやアイテムをイベントにランダムに組み込んで、更にバリュエーションを増やすことに成功しているのだ。
同じイベントでも出てくるMiiやアイテムが違うと、またちょっと違ったニュアンスが出て面白い。

夢の中でアイテムとMiiの大きさの比率を変えてやるだけでも、いかにも夢!というシュール感を出すことが出来る。
また、写真にMiiの顔だけ組み合わせるイベントなんかを見ると、3Dの偉大さが分かるな。
2Dだとただ拡大縮小だけで終わってしまうが、3Dだと角度を付けたカットにすることが出来るのだ。
元写真に写っている人間と同じ角度に顔を傾けて出力するだけでそれらしく見える。
2Dではこういう事は出来ない。

限られた中でこそ3Dは活きる、ということがよく分かるな、ホントに。
もし仮にリソースが無限にあるとするなら、初めから高精細な2D絵を描いておけばいいわけだから、本来3Dの役割はデータの圧縮であったり、創り手が楽をするためだったんだと、今更のようによく分かるわけである。


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