アナザーコード:R 記憶の扉_3

車中で天を仰ぐ 2009_03_10

 

『アナザーコード:R 記憶の扉』は極めて普通のアドベンチャーゲームである。
いや、普通と言ってはいけないか。
どちらかというと古くさいゲームだと言った方が適当かもしれない。
謎解きなんかは、その昔私たちがやっていたコマンド入力式のアドベンチャーゲームに通じるものがあった。
私は大好きだけど、目新しさはないかもしれない。

そんなこのゲームの中で、ちょっと特徴的なのが会話シーンのコマ割りである。
真ん中で二つに分けて、右に主人公アシュレイ、左に相手が表示されるようになっており、登場人物は常に動いている。
選択肢がアシュレイの動きで表現されているあたりはちょっと珍しいかもしれない。
カバンの大きさはこれぐらい、と手を動かすモーションを見て選ぶのである。
アシュレイだけは表情豊かでキャラのイメージを脹らますのに貢献しているように思えた。
もっとも、アシュレイが動いているあいだ話が止まるので、ちょっとテンポを悪くしている面もあるのだが。

ゲームの序盤、アシュレイは半年ぶりに父親と会い、バーベキューをすることになる。
アシュレイの父は研究バカで、日常生活への心配りが出来ない人間というキャラ設定になっていて、バーベキューの準備すらまともにこなすことが出来ない。
16歳という微妙な年頃のアシュレイは父親に幻滅して、あーもうっ!って感じで首を上にかしげる。
このポーズは何回も出てくるのだが、私は何となく既視感を覚えていた。 私もそういう仕草をしたことがあった。

どういうわけか男親というのは子供に尊敬されないものである。
子供は父親が働いている姿を見たことが無いからかな。
私は今もまったく父親を尊敬していないけど、子供の頃も尊敬していなかった。
もの凄くいい加減な人間で、駄目なヤツだと思っていたのである。
あれはつくば万博に行ったときのことだからもう24年も前のことだが、父と私は途中、東京の大学に通っていた兄の下宿に寄った。
そのとき、道に不慣れなこともあって、父は一通を逆走した。
東京というところは警察官が至る処にいるもので、ものの見事に捕まったのである。
窓を開けて警察官に言い訳する父を見て私は、もうコイツ駄目だ、と地図を顔に被せて天を仰いだ。
アシュレイのポーズを見ていて、ふと思い出したな。
ホントに父親ってのは駄目に見えるんだよ。
不思議なことに。
自分が働くようになってみると、よくオヤジ定年まで屈辱に耐えたな、と感心するようにはなったが。

この話は特別ゲームとは関係ないのだが、アシュレイの父親に対する気持ちは結構理解できるものがあった。
翻訳しやすくするためなのか、このゲームの文章は全般的に堅いんだけど、アシュレイだけはすっぽり胃の中に収まった感じ。
これもあのモーションのおかげかな。