<H3><center>約束の終日

約束の終日 '99_08_30



ここ何日か、また「ときメモ」の事が気にかかっていた。
私は気にかかることがあると眠れなくなる質なので、非常に困っている。
少しスッキリさせておきたい。

冷蔵庫がうるさいので寝る向きを変えたところ、そこに「ときめきメモリアル」と「ときめきの放課後」があった。
学生達に貸していたものが返ってきていたのだ。
久々に「ときめきの放課後」のエンディングでも見てみるか、と思い立って眺めているうちに、今更のように「ときメモ」は終わったんだなあと改めて思った。
そういえば、初めて「ときメモ」の終わりを予感したのは「ときめきの放課後」だったんだ。

先日、「ときメモ」のラストイベントがあったらしく、「ときめきメモリアル2」のキャラが発表されたらしい。
やはり新しいキャラクターに生まれ変わっていた。
それはあるべくして行われたのだ。
その事を、検索して引っかかったどこぞのHPで読んだとき、不思議と何も感じる所がなかった。
自分でも不思議なほど、ああそうか、と思ったに過ぎなかった。

だが、今こうしてエンディングを見ていると、急に寂しさが襲ってくる。
それに加えて、ある種の違和感が私を包んでもいる。
本当に終わってしまったのか?

私はここ20週間くらい、コナミのHPの「db-FM」というインターネットラジオを聴いていた。
以前からたまに聴いてはいたが、このところは「ときメモ」のラジオドラマを聴くようになっていたのだ。
そこでは、まだ終わりを感じさせることのない、これから作られていく「ときメモ」の世界が繰り広げられていた。
自分の中の「ときメモ」はまだ終わっていないかもしれない、と感じられて仕方がないのは、きっと気のせいではないだろう。

全ての物事には、始まりがあって終わりがある。
約束の終日はいま訪れた。
しかしながら、それは誰の上にも訪れるというものではないかもしない。
ある人にとっては確実な終日であり得るし、ある人にとっては永遠かもしれず、ある人にとってはまだ途上でもあり得る。
私の中の「ときメモ」は、いつまでも落日の郷愁の漂わせながら続いている。
そんな気がしてならない。


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