ここ何日か、また「ときメモ」の事が気にかかっていた。 私は気にかかることがあると眠れなくなる質なので、非常に困っている。 少しスッキリさせておきたい。 冷蔵庫がうるさいので寝る向きを変えたところ、そこに「ときめきメモリアル」と「ときめきの放課後」があった。 学生達に貸していたものが返ってきていたのだ。 久々に「ときめきの放課後」のエンディングでも見てみるか、と思い立って眺めているうちに、今更のように「ときメモ」は終わったんだなあと改めて思った。 そういえば、初めて「ときメモ」の終わりを予感したのは「ときめきの放課後」だったんだ。 先日、「ときメモ」のラストイベントがあったらしく、「ときめきメモリアル2」のキャラが発表されたらしい。 やはり新しいキャラクターに生まれ変わっていた。 それはあるべくして行われたのだ。 その事を、検索して引っかかったどこぞのHPで読んだとき、不思議と何も感じる所がなかった。 自分でも不思議なほど、ああそうか、と思ったに過ぎなかった。 だが、今こうしてエンディングを見ていると、急に寂しさが襲ってくる。 それに加えて、ある種の違和感が私を包んでもいる。 本当に終わってしまったのか? 私はここ20週間くらい、コナミのHPの「db-FM」というインターネットラジオを聴いていた。 以前からたまに聴いてはいたが、このところは「ときメモ」のラジオドラマを聴くようになっていたのだ。 そこでは、まだ終わりを感じさせることのない、これから作られていく「ときメモ」の世界が繰り広げられていた。 自分の中の「ときメモ」はまだ終わっていないかもしれない、と感じられて仕方がないのは、きっと気のせいではないだろう。 全ての物事には、始まりがあって終わりがある。 約束の終日はいま訪れた。 しかしながら、それは誰の上にも訪れるというものではないかもしない。 ある人にとっては確実な終日であり得るし、ある人にとっては永遠かもしれず、ある人にとってはまだ途上でもあり得る。 私の中の「ときメモ」は、いつまでも落日の郷愁の漂わせながら続いている。 そんな気がしてならない。 |