ゲーム仙人になれるか 2000_11_04

ゲーム仙人になれるか 2000_11_04

 

『エターナル アルカディア』をプレイしていて、腹が立ってきた。
「長い梯子を上ったり降りたり(しかもゆっくり)、これにはいったい何の意味があるんだ!!」
大事な時間を割いてプレイしているんだから、喜びと直接つながらない時間は一秒だって許せない気がしてきている。

しかし実は、この怒りは必ずしも『エターナル アルカディア』のせいではない。
私にゆとりがないのだ。
勉強しなくちゃ!といつも自分にプレッシャーをかけているせいか、どうもイライラしてしまう。(結果的に見るとほとんど勉強していないのだが)

こんな事じゃダメだ。
こんな事ならゲームしている意味がない。
私はゲームを楽しむために生きているのだ。
何もかも捨てて、山にこもってゲーム仙人になりたい、と思った。

せっかくなので、本当にゲーム仙人になれるかどうか考えてみることにした。

仙人といっても霞を喰って生きるわけにはいかないので、どうしても幾らかは食費がかかるだろう。
年間100万で暮らすとして、あと50年生きたら5000万円かかる。
年間ゲームを50本買うとして30万、50年で1500万かかる。
それだけでは済むまい。
どうせ山にこもってもネットワークにつなぎたいとか、トイレは水洗にしたいとか、なんのかんのと私は言い出すだろう。
収入を全て絶った状態でこれを満たすことなど私には出来るはずもない。
「人間起きて半畳、寝て一畳、ゲームをするには二畳あれば十分だ!!」(*)と平素言っていても、所詮は俗世にまみれて生きていくほかないのか・・・。

もっとゲームを楽しむ時間が欲しい。
そしてゲームを楽しむことが出来るハートが欲しい。
しかし、そのためには自分の社会的欲求も満たさなければならない、というのが、かつて就職浪人していた頃に得た教訓でもある。
結局、勉強しなければならないのであり、やはり時間はないのだった。

ああ、なんと魅力的なゲーム仙人。
人に非ずの道よ。



<注(*)>
二枚の畳は、縦に並べる。
ゲームをするときはテレビから離れなくてはならないのだ。
これが目を大事にしながらプレイするコツかな。
視力には気を遣う方だったりして。


戻る