チュウリップ

ゲームに選ばれる 2002_12_20

 

ゲームを買うのは我々プレイヤーの方である。
つまり我々がゲームを選ぶのだ。
しかし、しばしば我々はゲームに選ばれる事になる。
ゲームを楽しむ事に、資格あるいは資質を求める作品が存在するのである。
今回私は、不幸にしてゲームに選ばれなかったことについて書かねばならない。
私を選んでくれなかった作品の名は『チュウリップ』。
ビクターインタラクティブソフトウェアが発売元になっている、呪うべきPS2向けに創られた作品である。

私がこの『チュウリップ』という作品をプレイすることになったのは、やはり『ボクは小さい』の影響だと言うべきなのだろう。
ひょっとしてこのメーカーさんは只者ではないのでは?と思ったのである。
そういえば『花と太陽と雨と』もビクターだったし。
ファミ通でも高い評価を受けていたらしい『チュウリップ』をプレイしたくなるのも道理というもの。
実際遊んでみても、このゲームは素晴らしい作品だったということを感じている。

だが、私は選ばれなかった。
なんで選ばれなかったのかというと、このゲームの要求を呑むことが出来なかったからである。
後半は攻略HPを薄目で見ながらのプレイになってしまった。

この『チュウリップ』という作品は「トライ&エラー(試行錯誤)」のゲームなんだと私は思う。
ヒントが少なかったり、判りにくかったりするのは、おそらく「とりあえずやってみれ」ということなんだろう。
ところが、実際にはトライからプレイヤーを遠ざけるようなゲームデザインがなされているのだ。
これは弱った。

あまり細かく書くつもりはないのだが、プレイヤーが時間を制御できないので、とにかく待ち時間が長くなる。
イベントを起こすための時間帯というのがあるからだ。
移動に電車を使う関係もあり、常に待ち時間が発生する。
例えばゲーム中で5時間待つと、現実には2分30秒待つことになる。(120倍速)
で、トライに失敗すると翌日までまた待ち時間が発生するのだ。
これには耐えられなかった。
他にも所持金がきつかったり、イベントアイテムと通常アイテムの区別がなかったり、トライする意欲を削ぐ方向にバランス取りしてあるように思えて仕方なかった。

なんでこんなデザインするのかな?と私は不思議に思ったものである。
せっかく素晴らしい作品なのに、プレイヤーを遠ざけてどうするんだ?
もうちょっと時間を制御出来てもいいんじゃないの?
この疑問に対する答えは、エンディング直前になるまで判らなかった。
そりゃそうだ。
カンニングしてるんだから。

どうやらこのゲームを創った方は、「この『チューリップ』の世界にドップリ漬かってくれる人以外は遊んでくれなくてイイよ」と考えていたらしい。
おそらく「待ち時間はこの世界を理解することに使ってくれ」ということなんだろう。
で、「この世界に漬かれれば、待ち時間は苦しくないでしょ?」という話である。
そうじゃないと、最後の試練はああいう形にならない。

でも、私は「本当にそれでいいの?」と思うのである。
私みたいに同時に複数のゲームを進めている人間は特殊だとしても、一般の皆さんは一本のゲームに捻出できる時間すら限られているだろう。
そういう人達排除しちゃっていいの?

素晴らしいゲームは売れる必要がある。
その売り上げで更に素晴らしいゲームが創られねばならないからだ。
だから、世界観を構築する上で譲れない部分はあったにしても、やはりもうちょっと妥協しておいた方が良かったんじゃないの?と私は書いておきたい。
まあ、こんなことを書いているうちは当然、私がこの『チュウリップ』というゲームに選ばれることはあり得ないのである。
私にはその資格がない。



<追加 2002_12_22>

このゲーム、すごく良い雰囲気を持っているのに、いい話が書けなくてすごく口惜しい!


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