適当な記憶で申し訳ないが、その昔スピリッツに連載されていた『サルまん』の中に、「音楽漫画は成功しない、なぜならば漫画からは音が聞こえないからだ」という件があった。 しかし、今になってみるとそうでもないよね。 成功した音楽漫画って、いくつか思い当たるでしょ。 つまり音が聞こえることは成功するための要件ではなかった、ということになる。 では、音が出せるゲームはどうか。 音が出せるから音楽ゲームは当然に成功しうる、かというと、これはどうも違う。 むしろ、機能的に音が出せるから創り手も出してしまい、結果として成功しない・・・のではないか。 音楽ゲームが成功するには、音を出さないことが要件になりそうな気がする。 『DEARDROPS DISTORTION』の中身について、私はあんまり言及したくない。 というのも、私は音楽というものが全くわからないからである。 昔からゲーム雑誌の読者アンケートには「音楽」が独立項目として挙げられているし、ネット上の評価ページでも大抵は独立項目になっているのだが、私には全く理解不能である。 音楽の善し悪しをなにで決めるのか、私には全くわからないのだ。 ただの好き嫌いじゃねえか、そんなもん。 BGMはシーンを構成する一要素にすぎないのに、それを独立項目として扱うなんてのはナンセンスだと私は思うね。 緊迫したシーンなのに、テンポが遅いBGMはおかしいだろ!とか、そういう指摘なら理解できるが。 そういうわけで、ゲームミュージックの話を書いている連中を、私は全く信じない。 であればこそ、本来はあんまりゲームミュージックの話は書きたくないのだが、どうしても一つ書いておきたいことができてしまった。 私の書くことを今後信じていただけなくても、やむを得ないだろう。 『DEARDROPS』はバンド活動が話の中心になっているので、当然演奏するシーンが出てくる。 序盤では歌わないんだけど、中盤あたりから何回か歌うシーンが挿入されていた。 しかも、曲もテキストもスキップ禁止で、強制的に聞かされる。 音が出る以上は出さないわけにはいかないんだろうな。 しかし、どうしても問題は出てくる。 1万人のブーイングを歓声に変えるシーンがあるんだけど、どう考えても無理があった。 曲が悪いとか、声優さんの歌が下手とか、そういう話じゃない。 だってすごいパワーでしょ、1万人の観衆をマイナスからプラスに変えるのって。 それほど説得力のあるサウンドをプレイヤーに聴かせるなんて、そもそも無理じゃん。 もしそれが出来るなら、数万本売れれば御の字のエロゲーなんか創ってる場合じゃないよ。 たぶん、音を出しちゃダメだと思うんだ。 音を出せるけど、敢えて出さない。 プレイヤーに任せちゃう。 どうやったって、プレイヤーの想像に勝る楽曲なんて創りようがないんだから。 それでも音楽をメインに据えながら音を出さない、という選択はあり得ないんだろう。 とすれば、音楽ゲームはやはり成功しないことになる。 |