仮に。 うら若きお嬢さんが自らイケニエになると言いだしたら、さてどうするか? イケニエがいなければ自分に害が及ぶということであれば、私は黙っているかもしれない。 でも、そうじゃないなら、思いとどまるように説得したいな。 人間は自分が生きていることがすべてですよ。 他の人を生かすために自分を犠牲にするなんてあり得ない。 大体おかしいでしょ、若いお嬢さんがイケニエになりたいなんて。 まわりからプレッシャーかけられてるとか、子供の頃からすり込まれてきたとか、絶対なんかあるに決まってる。 ちょっと話を聞かせてご覧なさいよ、と私は思うのである。 話してくれないと、こっちも説得しようがないじゃん。 ところで、『イケニエと雪のセツナ』について、これから書こうと思っている。 ハッキリとは書かないつもりだけれども、それとなくラストにも触れてしまうので、これからプレイするつもりのある方は読み進めないで下さい。 『イケニエと雪のセツナ』に対して私は割と好意的。 内容について大雑把に言えば、FF7とかFF10あたりから喜ばれそうなエッセンスを抽出して、FF3みたいな簡素な構成で仕上げました、といった感じの作品だった。 マップすらないんだけど、行くところが一つしかないのがイイ。 それに戦闘がサクサク進むので、やってて嫌にならない。 雑魚戦はあっという間に終わるし、ボス戦を含めても20分かかる敵はいなかったんじゃないか。 寒い地方特有のさみしげな雰囲気も悪くないな。 なかなか面白かったよ。 ただひとつ、ずっと気になっていたことがあって、それがイケニエのセツナ。 この娘さんが、とにかくずっとイケニエの使命を果たしたいの一点張りなんだ。 まるで戸惑うそぶりを見せない。 死にたくないと怖じ気づいたり、主人公に恋心を抱いたり、そういうことは一切なし。 全身これ慈悲の塊のようなキャラクター。 子供の頃のエピソードとかも全然話してくれないんだ。 説得しようにも、とりつく島もなかった。 どうにも思い入れを持ちにくいお嬢さんだったな、このセツナは。 私はもちろん、最後の選択はあっちを選びましたよ。 そらそうでしょ。 あれおかしいじゃん、そもそも。 でも、ここまでセツナを非人間的に描いてきたからには、創り手が想定する正解は別の方なのかもしれない。 そこいら辺が私がFF7に似てると思った所以でもある。 |