アナザーコード:R 記憶の扉

役割から解放されて 2009_03_09

 

新しいゲーム機が発売された直後に販売されるゲームには役割がある。
プラットフォームフォルダーともなれば、そのゲーム機のポテンシャルをプレイヤーに伝える作品をリリースしなければならないだろう。
そういう役割を担った作品の一つにDSで発売された『アナザーコード 2つの記憶』がある。
「さわれる推理小説」という触れ込みが表現に偽りありだったため、発売当初は非常に評判の悪かったゲームだけど、私は非常に高く買っている。
DS発売から今日まで続くゲーム界の流れをわかりやすく予見させてくれるゲームであった。
あれを見て初めてDSというゲームマシンの進む方向がわかったし、Wiiのやろうとしていることも理解しやすくなった、というのは私にとって紛れもない事実である。

そんな「アナザーコード」に続編が発売された。
Wii用の『アナザーコード:R 記憶の扉』。
これは期待が膨らむところである。

ゲーム内容は極めて素直なものになっている。
基本はアイコン操作で、一部の謎解き以外はAボタンしか使わせない。
置き換える動作をプレイヤーの入力と同一にする。
あるいは、行為を置き換えるだけじゃなく、Wiiリモコンをそのままゲームの中に持ち込んでしまう。
Wiiではこうあるべき、というお手本のような構成になっていた。

しかし、このゲームが発売されたのは2009年になってからである。
Wiiが発売されて既に2年以上が過ぎていた。
目新しさは無いな。
このゲームは2007年8月25日が舞台になっているんだけど、それぐらいに発売されていたら、またちょっと違った意味を持っていただろう。
ひょっとすると、当初は2007年に発売するつもりだったのかもしれないね。
繰り返すけど、いまは2009年。

このゲームはもはやWiiに対する特別な役割を担っているワケではない。
発売スケジュールの穴を埋める、という役割は別にして。
言い換えれば、このゲームは解放されたのである。
役割を考えなくてイイなら、やはりこのゲームを素直に読んであげたい。
もちろん「さわれる推理小説」ではなく、「さわれる小説」として。
読み物として捉えれば、これはなかなか面白かった。
特に今の私には。


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