生まれて初めてファミコンを買った。 もちろん新品である。 『ちゃっくんぽっぷ』のために必要だったのだ。 PC8801版を手に入れることは困難だが、ファミコン版なら比較的簡単に手にはいるのである。 ファミコンが流行っていた当時、私は「ファミコンみたいなチャチな画面でゲームなんか出来ねーぜ!」とか思っていた。 しかし、いま見てみると結構綺麗だ。 テンキーと十字キーの違いはあるが、これならPC8801版の代わりになるかもしれない。 このファミコンと『ちゃっくんぽっぷ』は母へのプレゼントなのである。 もっとも私は母のことを「おっかあ」と呼ぶのだが。 この『ちゃっくんぽっぷ』は私にとっても思い入れの深いゲームである。 兄と一緒に徹夜で13面をクリアせんと頑張っているうちに、寝てないのに夢精してしまったなどというのは酸っぱい思い出だ。 当時の私はとてもストイックだったのである、少なくともゲームにおいては。 13面をクリアするために、マップを手写しして攻略を考えたこともあった。(1ドット単位の精度がないとマップを描いても意味ないのだが、このゲームは) だが、私の「ちゃっくんぽっぷ」はFM-7版であって、PC8801版ではない。 母の「ちゃっくんぽっぷ」はPC8801版であった。 どういうわけか彼女は、PC8801mk2MRという、総額50万円支出させたにもかかわらず、私が4年ほどで見向きもしなくなったパソコンで延々と『ちゃっくんぽっぷ』をやり続けたのである。 50万円もしたパソコンを使わない、ということが我慢できなかったのだろうか。 彼女が最後にプレイしたのがいつかは定かではないが、少なくとも1年間や2年間ではなかった。 その後、それほどの執着ぶりからは信じられないことに、彼女はその5インチディスクを紛失してしまう。 以来、彼女は時折思い出したように「ちゃっくん、やりたい」と呟くのだった。 それが私の母の「ちゃっくんぽっぷ」である。 もちろん過去に私がどれほど『ちゃっくんぽっぷ』で遊んだかなどということは、これっぽっちも意味のないことである。 それが私の母についてであっても同じことだ。 しかし、私は確信しているのである。 彼女がこのファミコンと『ちゃっくんぽっぷ』で遊んでくれるということを。 いま『ちゃっくんぽっぷ』をプレイしてくれるということを。 であればこそ、私はこれを贈る。 |