『オペレーターズサイド』をプレイして、思わず、「これ、同じじゃん」とつぶやいた。 何と同じなのかというと、昔のコマンド入力型アドベンチャーゲームと同じだと思ったのである。 だって、「コップを調べろ」と音声入力するのと、「 > シラベル コップ」とコマンド入力するのって同じでしょ。 これは懐かしい喜びだったな。 自分のやることを言葉に変換することがゲームなのである。 つまりそれは手段自体をゲームにする、ということになるだろう。 ところが、私はプレイを進めていくうち、同じだけど少し違うな、とも感じ始めていた。 どうしてかというと、『オペレーターズサイド』におけるゲーム性の大半は名詞を当てることであって、動詞を当てることではなかったからである。 きっと昔のコマンド入力型アドベンチャーゲームのことを知っている人はほとんどいないだろうから、少しだけ説明しておく。 コマンド入力型アドベンチャーゲームにおいては、名詞は明示されるのが普通だった。 たとえば > ミル と入力すると >> メノマエニ『スコップ』ガアリマス と表示される。 また > モチモノ と入力すると >> ジョーロ マッチ イシ タネ などと表示される。 つまり、私たちが考えなければならなかったのは、何をどう使うか?ということである。 名詞はわかっている状態で、それを「どう使うか?」をイメージし、それを言葉に置き換える。 このケースだったら、「スコップで穴を掘って、種を植えて、水を蒔いたら、何か起こるかな?」をコマンドに変換するのだ。 それが私たちのゲームだった。 『オペレーターズサイド』では動詞は非常に限られていて、むしろ名詞を当てることがメインになっている。 「マグカップ」という言葉が出てこなくて、凄くイライラしたことがあった。 名詞を当てるのも面白いけど、それは脳みそを揺さぶらない。 やはり自分のすることをイメージしないと。(このゲームの中で働くのはリオだけど) 確かに「コマンド入力型」は、一度は見捨てられた形式だ。 「選択肢型」に取って代わられた。 だけど、今ならひょっとして復活できるんじゃないかと、この『オペレーターズサイド』をプレイしながら私は感じていた。 たとえばこんなケースがある。 リオに「そっちへ行っていい?」と聞かれて、なんと答えるのか? 「いいよ」 「もちろん」 「オーケー」 とか、人によって思い浮かぶ言葉はいろいろあるはずだが、それをかなりたくさん認識できている。 ということは、プレイヤーがなんと答えるのか、あり得るパターンをすべてつぶしておいたということだろう。 今はそれが出来るのである。 昔はゲーム作りが極めて個人的であったりとか、メモリが少なかったりで、プレイヤーの発想に対応しきれなかった。 極端なケースではプログラマーひとりでゲームの全てを創っていたし、私が初めて使ったFM-7のメインメモリなんかは32Kbyteだったのだ。 今のゲーム開発規模やメモリの大きさを考えたら、プレイヤーがどんなイメージを持ち、どんな言葉に置き換えるのかを、相当数洗い出せるんじゃないか。 単に名詞を当てるんじゃなくて、その物を使って何をするの?というところまでもっていけたら、ゲームはもっと面白くなる。 コマンド入力型は選択肢型なんかよりずっと面白い、私の経験で言えば。 もちろん、プレイヤーが思うコマンドと創り手が思うコマンドが一致しさえすれば、という条件付きであるにせよ。 『オペレーターズサイド』では、音声で入力するということ自体もまたゲームなんだけど、おそらくそれはいつまでも続きはしない。 そのうち当たり前になるだろう。 キーボードを使わなくていい、というメリットだけが残る。(効果としては、前に書いたように、主人公とプレイヤーを同一にするというメリットもあるが) その後に来るのは、プレイヤーに何をするのかをイメージさせるゲームであるべきなんじゃないかと、私は思うな。 あの喜びをもう一度。 今なら出来るんじゃないの? |