FF13

損得勘定 2010_01_28

 

近頃、よく「ゲームらしいゲーム」という言葉を聞く。
相変わらずゲーム評論家?なる人々が定義もせずに適当に言葉を使うから、それを読んだ一般の人々も適当に使ってしまい、余計訳が分からなくなっているようである。
どうも文脈から推測するに、ハードウェアの能力を駆使して綺麗、あるいは派手な画面効果を持たせたゲームのことを「ゲームらしいゲーム」と言っている人が多いように思える。

私の定義で言うと「ゲームらしいゲーム」という言葉はちょっとまずい。
しかし、テレビ(ビデオ)ゲーム的なゲーム、という表現なら出来なくはない。
私が考えるテレビゲーム的なゲームとは得をするゲームのことである。
これは、現実に我々が行っていることより小さな負荷を乗り越えることで大きな喜びを得るように作られたものを指している。
視覚効果で喜びを大きくすることは、その一例に過ぎない。
他にも喜びを大きくする方法はいくらでもある。
プレイヤーの思い入れを強くしてやってもイイし、結果に価値付けをしてやってもイイ。
あるいは、喜びは増えていなくても、負荷を軽減してやれば、単位負荷当たりの喜びは大きくなる。
要するに、喜びを得る過程で何か得をしなければならないのである、テレビゲームというものは。
だから、お金を払ってテレビゲームを買うのだ。
得をしなくても良いのであれば、別にテレビゲームなんかやらなくても、勉強でもスポーツでもナンパでも現実世界でいかようにもゲームをすることが出来るはずである。

ところで、FF13をやり始めて、これはすごいな、と思った。
徹底してプレイヤーが得をするように作られている。
NPCが歩きながら喋ってくれるよな。

『テイルズ オブ ヴェスペリア』をやってるときに、得してないなと思ったことがあった。
フィールド歩いているときにセレクトキーを押すと、キャラクター同士の会話が出てくるんだけど、その時にゲームの進行が止まっちゃう。
どうでも良いような話なんだが、キャラ重視のゲームだから嫌々でも聞かなきゃならない。
時間もったいないから歩きながらとか戦闘しながら喋ってくれんかなー、と思ってたら、早速実現してくれたな、FFは。
もちろん、込み入った話はムービーの中でやるんだけど。
少なくとも時間は損してない。
プラスのみの作用である。

街や村がないのもお得感があるな。
今時のRPGにおいて、村人は重要なことを何も話してくれない。
今時といっても10年以上前からそうだけど。
村人は、自分が住んでいる世界について感想を述べるだけでしょ。
重要な情報は全て必須イベントの中で語られるのである。
歩き回るだけ時間の無駄だ、と私は思っていた。
ところが今回のFF13は素敵。
歩き回る必要が端からないね。
FF13では、たまに出てくるNPCでも近くに寄ったときに自動的に話し出すだけで足は止まらないから、これも損はしてないな。
プラスのみの評価と言える。

戦闘システムもほとんどオートなんだな。
前もって作っておいたフォーメーションみたいなのをリアルタイムで選択するだけ。
プレイヤーがやることは状況判断だけでイイ、といっているんだろう。
判断間違えると、割と簡単にゲームオーバーになるけど。
で、自動的に一つの敵を集中攻撃することによってボーナスタイムを発生させるというのも、小さな負荷を乗り越えることが大きな喜びを産む仕組みになってるよな。
とてもお得な感じ。

まだ始めて10時間といったところだけど、お得感がいっぱいの作品だな、これは。
ムービーもまだこの品質には目が慣れてないから、さすがに苦にならないし。
極めてテレビゲーム的なゲームと言っていいんじゃないか。

ただし。
プレイヤーの手間を省くことで、プレイヤーの思い入れが小さくなってしまう、という作用もある。
負荷を小さくした分、喜びも小さくなってしまう、という側面もゲームにはあるんだな。
ゲームによっては、わざと単純作業を組み込んでおくモノが多いのも事実である。
そこは結局、損得勘定なんだろう。
やり始めたばかりの私には、今のところ正解だったのかどうか分からないけど。



<余談>
ネット上では既にFF13の評価が出尽くしているようだ。
しかしまあ、よくあれだけ文句が出てくるもんだと感心してしまう。
FFは作る方も大変だよ。
自らを磔にするための「得をさせなければならない」十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っていくようなもんだ。
きっと作ってるときから気が重いことだろう。
「絶対みんな文句言うんだよ」ってつぶやきながら作っている姿が目に浮かぶようである。



<後日談 2010_02_06>
戦闘システム、意外と良くできてると思うな。
リアルタイムでコマンドを全部入力させると、全体的にゆっくりにしなければならないし、個人差もでる。
プレイヤーには状況だけ判断させて、後はセミオートで、っていう創り手の判断が間違いとは言えない。
大雑把にフォーメーション切り替えているだけなのに、すごい戦闘やってるような気になる。
余裕があればコマンド自分で入れてもイイわけだし。
状況判断をパラメーターや文字ではなく視覚効果で見せているところもよく考えている。
ライフバーの長さ、状態マーク、画面の色などで感覚的にプレイヤーに捉えさせているところは、個人差を潰す工夫だろう。
日本で200万本売るつもりで創られたゲームとしては、なかなか良くできてるんじゃないの。
なんで評判悪いんだろ。
11章までたどり着いたけど、よくわからない。


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