ZombiU

ゲームの中で価値を創る 2014_04_14

 

やっぱりちゃんとプレイしないとダメだな。
『ZombiU』を進めていったら、当初思っていたよりもずっと優れたゲームだということがわかってきた。
タブコンを使う、という意味においてだけど。
さすがにWii世代で成功を収めたUBIソフトの作品だけあって、考え方としてはWii世代の延長で理解出来た。

『ZombiU』を後半まで進めていくと、ときどき電波妨害されて、タブコン側が使えなくなる。
レーダーやスキャナーが使えない。
このとき、すごく不安な気持ちになった。
あまりに怖くて、武器いっぱい持ってるのに、操作ミスって死んだこともあったな、そういえば。
それはつまり、タブコンを使わなくてもできるはずのことであっても、タブコンに私は価値を感じていた、ということだ。

Wii世代では、既に何らかの価値を持っている行為を、Wiiリモコンの操作に置き換えることで得をしてきた。
ある意味においては、創り手はラクをしてきたとも言える。
何にもしなくて良かったわけだから。
しかし、タブコンはその形状や機能から考えて、既に価値を持っていて、かつ同一性のある対象を探すことが難しい。
少なくとも私は思いつかない。
とすれば、タブコンをゲームの中に持ち込んで、ゲームの中でタブコンに価値付けしてやらなきゃいけないって事だな。
本末転倒のような気もするけども。

この『ZombiU』は簡単に死ぬゲームだから、慎重に進めていかなければならない。
レーダーもスキャナーも使いにくいけど、それは生命線だった。
だから価値を感じるんだろう。
タブコンに価値を創造するために、このゲームの難しさは必須だったんじゃないかと私は思うのである。
簡単だったら、極端な話、使いにくいタブコン側は見ないからね。
同発でこの作品を創ってきたUBIの連中はなかなか優秀なんじゃないか。

方向性として、それで良いのかどうか、よく分からないが。
だって、任天堂自体がどういう意図でタブコンを創ったのか、が判らないから。
意図を推認出来るような作品が見当たらないんだよ。


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