ラストストーリー

まさしくヒゲの「ラスト」 2011_02_12

 

「ファイナルファンタジー」の「ファイナル」は、当時傾きかけていたスクウェアにとって「最後の」というニュアンスを込めたネーミングだったらしいが、いまでは「究極の」という意味だと主張しているらしい。
「究極の」であれば、ナンバリングが続いていてもおかしくないでしょ、という話である。
創る人間が同じなら、考える事も同じで、「ラスト」だってそうかもしれない。
「最後の」ではなく「直近の」というぐらいの意味で捉えておいた方がいいんじゃないか。
そのうち、そんな言い逃れを耳にするときがくるかもしれない。

コラムに書いた話とダブってしまうのだが、このところ私は胃の張りに悩まされていた。
体の調子が悪いとなかなかゲームが進まない。
ゲームって自分に負荷をかけるわけだから、そりゃしょうがないでしょ。
しかし、ホントに死ぬかもしれんとおもうと、とりあえずいまやってるゲームだけは終わらせておきたいと思った。
何とか頑張って、胃カメラ飲む前日に『ラストストーリー』は終わらせた。
マジで苦しかったな。
いやしかし、『ラストストーリー』が人生最後のゲームだったら、ちょっとシャレが効きすぎだわい。

それはともかく、やってみたらいかにもヒゲのゲームだった。
ムービーの連続・・・だけど、合間合間にプレイヤーがちょっと操作する部分を入れておく。
そのムービーもシーンによって、早回し可、不可だけどスキップ可、早回し不可スキップ不可と細かく使い分け、更にムービーではなく、バストアップでの会話もいれて目先をマメに変えていく。
新しい技を覚えたらすぐに使う敵を用意するし、イベントボスの前には経験値稼ぎ用の魔方陣を必ず置いておく。
そして、パラメーターの上昇が比較的リニアにダメージに直結する計算式にする一方、レベルの上昇はサチるように設定しておき、一定の範囲以内にプレイヤーを持っていく。
戦闘も一戦一戦状況を完全に固定する。
状況を限定し、プレイヤーをきちんと把握した上で、それなりの壁を乗り越えてもらおう。
単位時間当たりの喜びを保証しよう。
心配り重視。
実にヒゲ的じゃないか。
日本だけじゃない、結果的には世界をも席巻したヒゲ式のゲームだ。

どっかの記事で「いままでとゲームの作り方を変えた」とかってインタビューを読んだような気がするんだが、どこが変わってるんだ?
いままでとまるで同じ。
いや、別に悪くないけど。
「ラスト」の意味は最新作って意味で捉えた方が良さそうな感じである。

こんな普通なのが人生最後のゲームだったら、死んでも死に切れんよ、私も。
もうちょっと目新しいのにしてもらわんと。
最後にならなくてよかった。
ヒゲもこれに懲りずに、どんどん同じようなゲーム創ったらいいんじゃないの?
最後じゃないんでしょ。


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