Calling 〜黒き着信〜

誘導されるのもさじ加減 2010_01_01

 

ゲームの世界には限定と誘導がある。
いつも書いていることだが。
最近のFPSのストーリーモードなんかだと必ず後ろが崩れて戻れなくなっているけど、ああいうのは限定の典型的な例だ。
結果として前に進むのであれば限定であれ誘導であれどっちでも良いんだけど、言葉として区別している意味は、プレイヤーに選択する余地があるかないかにある。
戻ってもいいんだけど、前に行きたくなるように仕向けるのが誘導だ。
限定ではなく誘導になっているからには、プレイヤーに委ねられている部分があるわけで、自分なりに負荷を調整してやることもプレイヤーには求められている。
そんなことを改めて考えさせられるゲームがあった。

『Calling 〜黒き着信〜』が終わった。
Wiiで何かないかな、と探していて、これといって期待したわけでもなくプレイしたら、意外と面白かった。
Wiiリモコンを携帯に見立ててストーリーを展開していくのも面白いし、音の使い方が良いな。
慣れるまでは結構怖かったよ。
いかにも和風ホラーといった感じで、静寂の中に恐怖を感じさせる構成になっている。
暗闇の中を右手のライトを頼りにそーっと進んでいく姿は、置き換えの同一性も高かった。

全体的に暗い調子の画がWiiにふさわしくもあった。
どうせ見えないんだから、お金かけて描き込んでも意味ないし。
珍しくWiiにぴったりの作品に出会ったな、という印象である。
相変わらずWiiのゲームはまったく売れていない、というか出荷すらされていないようだけど、大丈夫かいな。

ただ一つ、このゲームを楽しむために必要なことがあって、それは素直に誘導に従うことだった。
このゲーム、限定の弱いところがあるので、探そうと思えばいろいろなところをチェックして回ることも可能だ。
しかし、ほとんど何もない。
たぶんあまりお金をかけていないからだと思うのだが、プレイヤーのアクションに対してほとんどリプライが用意されていなかった。
暗闇の中では周りを探しても無駄だから電池を手に入れるまでは歩き回った方が良いし、幽霊が出てきたらすぐ追いかけた方が良いし、メモにヒントが書いてあったら、すぐにそれを探した方が良い。
創り手の意向を汲んで素直にプレイした方が退屈しなくて済む。

やり始めたときはよくわからないから、周りをいちいちチェックして回っていて、なんにも無いジャン!ってがっかりすることが多かった。
如何に自由が与えられているとはいっても、そこは自分なりに調整してやらないといけないな。
自分がイヤになっちゃう前に進まないと。
時々メモみたいなものが出てくるから調べたくはなるんだけど。

まったく探さないとそれはそれで自由の意味もないから、そこいら辺はプレイヤーのさじ加減なんでしょうな。
ほどほどに自分でやってる感を醸成していくという。
このゲーム、自分を上手くコントロールできれば、相当楽しめるな、という感触はあった。
私は中盤ぐらいからは上手くプレイできたかなと思っている。


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