罪と罰_2

グラフィックの進化はなぜか寂しい 2000_12_18

 

ようやくこれで終われそうな気がする。
『罪と罰』。
このゲームに拘わったばっかりに、全てのゲームスケジュールが停頓してしまった。
大変幸せなことだったと思う。
ハードモードをなんとかクリアできたので、もうこれで良しとしたい。

ここまで遊んできて見えてきたことがあるんだけど、それはこのゲームが大変特徴的であるということ。
本当に特徴的なんだ。
100ヒット毎に1コンティニュー増やすという点と、セントラルボス(中ボスみたいな奴)を倒すとライフが全快するという点が相まって、プレイヤーの成長を階段状に見せている。
プレイヤーの成長は連続的右肩上がりのはずだが、実際には階段状に感じられる。
一カ所山を越えると、コンティニューが増えたり、体力が全快するから、更に大きく前進できるのだ。

前回、私がデザイナーならば、このゲームを点取りゲームとして提案したいと書いたが、どうもこのゲームの開発者は私の思いも寄らないところまで考えていたようである。
おそらくマニアと呼ばれるような人達だけがたどり着ける部分として、スコアアタックの喜びは残しておいたに違いあるまい。

さて、私はいつものように、今このゲームを終える寂しさを感じている。
そして、それ以上の寂しさも感じているのである。
それを説明するために私は告白しなければならないんだけど、ここまで頑張る事になったきっかけは、このゲームのシステムではなかった。
このゲームのストーリーに強く惹きつけられたからである。
つたないグラフィックがまたいい味を出していて、逆に真実みがあるのだ。
なんかこの絵柄でなければ、このゲームはダメだろうっ!っていう気すらする。

しかし、一方では明らかにポリゴンが足りないと思った。
処理落ちを防ぐために、メインキャラ達も相当ポリゴンを削ってある。
64は様々なエフェクトが使える反面、出力できるポリゴン数は少ない。
私はこのゲームを他のマシンに移植したら、さぞかし素晴らしいものになるのではないかと思っている自分に気付くのである。
そして、いやっ、やっぱりダメだろう、って思ったりする。

以前にも『FF8』の時にも書いたことがあるんだが、どうも凄すぎるグラフィックには抵抗を感じるのである。
おそらくそれを目の当たりにすれば、それはそれで素晴らしいと思えるのだろう。
ただそれを想像すると、なんか嫌なのだ。
寂しい。
もうここで『罪と罰』とは離れよう、と思っているだけに、なおいっそう寂しく感じるのである。


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