ドリームクラブ

お金で思いは深まらない 2009_08_19

 

もうすぐ巷で噂?の『ドリームクラブ』の発売日である。
ピュアなハートを持っているプレイヤーだけが入店できるキャバレー?に通うためにお金を稼ぐらしい。
私はこのゲームについてほとんど情報を集めていないのだが、最初に情報が出た時点で、サターンで発売された全国に散らばった幼なじみに会うためにバイトするゲームのことを思い出していた。
あれはつまらなかったな。
ギャルゲーでお金を稼ぐって、実はあんまり良くない。
『ドリームクラブ』も同じ轍を踏むことになるのではないか。
発売された後に書くと卑怯なので、先に書いておきたい。

ギャルゲーにおいて、プレイヤーに掛けられる負荷は常に攻略するキャラに向かっていなければならない。
負荷を乗り越えることが攻略するキャラへの思いを深めていかなければ、よほどのことがない限りつまらない時間を消費する事になる。
具体的は『ときめきメモリアル』なんかを考えてみるとよくわかる。
最終的にこの娘に告白されるためにどういう自分になったらいいだろうか、とプレイヤーは考えるはずだ。
あんまり文系高めちゃうと如月さんが来ちゃうから国語は止めとこう、とか、詩織ちゃんを狙いつつ外れでも朝比奈さんが来るようにややルックスを高くしておくか、とかね。
更にデートになれば、この娘はどんな場所が気に入るだろう、とか、プレゼントは何が喜ばれるだろう、と考える。
そのことがキャラクターへの思いを深めていくのである。

ここでお金というものの性質を考える必要がある。
お金は、特定の何かと交換するためのモノではない。
値段が付くモノであれば、あらゆるモノと交換可能である。
お金には目的が宿らないのだ。

つまり、お金を稼ぐこと自体は特定の思いを深めることにはならない、ということである。
誰々ちゃんに何々を貢ごう、と考える段階までは思いを深めることが出来るけど、お金を稼いでいる間はつまらないミニゲームをしているだけ、といったことになる可能性が高いのだ。
『ドリームクラブ』はギャルゲーとしてあんまり人気が出ないのではないか、と私は予想する。

もっとも、私はこの予想が当たっているのかどうかについて、当面確かめることが出来ない。
というのもXBOX360はとうに売り払ってしまった。
また「Natal」とかいうインターフェイス同梱版が出れば買うので、確かめるのはそのときまでお預けということになる。
その頃には私が確かめるまでもなくなっているだろうが・・・。



<追加>
書いていて気付いたが、「DOAX」もミニゲームで稼ぐのお金だな。
あれは割と良くできているのにみんな凄い勢いで文句を言う。
やっぱりお金を稼がせちゃ駄目なんじゃないか。


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