ゼルダの伝説〜ムジュラの仮面〜

その時リンクは手を振った 2000_05_01

 

その時、思わず息をのんだ。
リンクが手を振っていた。
去っていくデクナッツの亡霊に向かって、小さく手を振っていた。

私が「ゼルダの伝説〜ムジュラの仮面〜」を購入出来たのは不幸にして
4月28日だった。
26日から高熱を発し、身動きすらままならなかったからだ。
もっとも、だるい体を引きずってゼルダを手に入れたその日、仕事から
帰ってほとんどゲームをすることは出来なかった。
それでもとりあえず起動させてみて、このゲームがまたゲームの世界に
新機軸を取り込んでいることに感動を覚えた。
この感動を書かなければ!と思っていた。
リンクが手を振るの見るまでは・・・。

プレイヤーであるところの『リンク』は、オープニング早々デクナッツ
に変身させられてしまう。(デクナッツという種族)
ムジュラの仮面を被ったスタルキッド(子鬼)に、デクナッツの亡霊を
憑依せられてしまうのだ。

ゲームを始めて、その無様な格好に何となく惨めな感じがしたものだ。
実際はさほど不自由でもないのだが、自分がデクナッツのせいで下級な
生物だと周りから見られているように感じた。
街の人たちからは意外なほど普通に接してもらえるが、どうもそれは自
分が子供の風体をしているからに違いなかった。
大人のデクナッツからはどこか卑小な印象を受ける。

そんなデクナッツと別れるとき、リンクは手を振った。
それは私にとってとても意外な行動だった。
『えっ!?』と息をのんで考えた。
なぜ手を振るのか?

そうか!
私は気づいた。
デクナッツは、プレイヤーにとって負荷ではなかったのだ。
リンクは空を飛ぶことが出来ないが、デクナッツは空を飛ぶことが出来
るじゃないか。
リンクは風船を割ることが出来ないが(この時点では)、デクナッツは
シャボン攻撃で割ることが出来るじゃないか。
つまりリンクはデクナッツになっていたのではなく、デクナッツと共に
旅を続けてきたのである。
いわば道連れだ。
その道連れと別れるとき、別れを惜しんで手を振らないことがあるだろ
うか?

私はこの「ゼルダの伝説〜ムジュラの仮面〜」に期待を寄せている。
私がはまり込んだ袋小路から、私を救い出してくれるのではないかと。
それはこのゲームが、拡張メモリーによって格段に美しい画面を見せて
くれるからだけではなく、時間の新しい使い方を提案したからだけでも
ない。
リンクがデクナッツの亡霊に小さく手を振るゲームだからなのである。


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