The Last of Us Remastered_2

心の中に解像度は存在しない 2020_08_04

 

『The Last of Us Remastered』を開始した直後にぱっと見た感じ、どこいら辺が「Remastered」なのか分からなかった。
もの凄いショボイの、画が、『2』と比べて。
顔の表情なんかはホントに段違い。
PS3版の画を覚えていないのだが、とても一世代とは思えないほどショボかった。
解像度自体は同じFHDのはずだから、内部解像度とかフレームレートが上がっているのかな?
しかしながら、私にはそれを感得する能力が無かった。
さらにプレイを進めていくと、自キャラの挙動がぎこちなかったり、NPCが上手く自キャラを避けてくれなかったり、『2』と比較して不満に思うことは一杯あった。
それだけ『2』が技術的に進んでいることの証でもあっただろう。

しかし、ゲームを終えたとき、『2』と比べて劣っている点は『1』に対する評価に何ら影響を与えていないことに気付いた。
これは一体どういうことなのか?

考えてみたら答えはすぐに分かった。
我々はクリアしたゲームを振り返るときに、そのゲームの画面を見ているわけではない。
我々が見ているのは自分の心の中に築かれた世界なのである。
それは、映像が固定された映画なんかとは違って、ひとりひとり少しずつ違った経験を元に創られたそれぞれの世界。
そこには当然解像度もポリゴンもない。
そこでキャラクター達はそれぞれの解釈でそれぞれの表情を浮かべているのである。
また、ゲーム中のAIがどれほど低レベルでも、心の中では極めて自然に動いていることだろう。
だから、技術がどれだけ劣っていようと、ゲームに対する最終的な評価にはほとんど影響を及ぼさないんだ。

だからといって、CG技術、あるいはAI技術に全く意味がないわけではない。
プレイヤーがそのゲームをやるための動機にはなる。
つまり、技術がどうこうという情報は、プレイする前に必要な情報なのである。
そう考えれば、発売前に情報を載せるレビューサイトとプレイヤーの評価が食い違うのは当然なのかもしれないな。
だって、レビュアーはゲームの画を見て書いているけど、プレイヤーは自分の心の中を見て書いているから。
食い違って当たり前だと思っておけば、腹も立たないだろ。


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