HALO

コンペ 2003_12_22

 

洋ゲーはつまらない、という先入観があった。
実際、洋ゲーがつまらない、ということに理由をつけることは簡単だ。
プレイヤーにかけられる負荷の量が日本と欧米では違うし、感じる喜びも違う。(例えば、リアル調のミリタリーものはプレイヤーを惹きつける力にはならない、日本では)
洋ゲーをそのまま日本語にローカライズしても負荷と喜びのバランスが取れるはずはないのである。

ただ、ちゃんと一回やってみないといけないよな、という気はしていた。
私は『ウルフシュタイン3D』以降、ちょろっとかじる程度にしかやってこなかった。
欧米で大ヒットしたと噂の『HALO』はそのうちやろうと思っていた作品である。
発売から1年を過ぎて、ようやくプレイすることが出来た。

やってみて、とにかく負荷の大きさに驚かされた。
操作系やゲームシステム、あるいは創り手の意図を理解するまではすごく大変。
とにかくワザと難しくするわけである。(それがゲームだから)
欧米の平均的なゲーマーはこんなのを喜んでやるんだ、ということにショックを受けた。

正直はじめはプレイする気になれなかった。
私は楽なゲームに慣れすぎている。
どうやって自分をこのゲームに導入していくか、ということが最初の課題となったのである。

そこで私はコンペさせてみることにした。
『怒首領蜂大往生』と『HALO』のどっちがより辛いか?
この2本だけしかプレイしてはいけない、と自分に強制してみるのだ。
実は半年ほど前に買ったPS2用の『怒首領蜂大往生』も投げ出されたままになっていた。
両方ともイヤなんだけど、2本を強制すれば、自分はよりマシな方に流れるだろうと予想したのである。

最初は『怒首領蜂大往生』の方が楽だった。
2Dシューティングっていうのは、特に目新しいものは盛り込みようもないから。
ところが、『HALO』をプレイし始めて5時間ぐらいで状況は逆転した。
ゲームが飲み込めたら『HALO』の方が断然楽だったのである。
途中から『HALO』一辺倒になった。

『HALO』は最初の負荷はものすごく大きいけど、そこを乗り越えるとすごく楽なのである。(洋ゲーの洋ゲーたる所以は、それを乗り越えさせるためにプレイヤーに何を提供すべきなのかを考えないことだと思うのだが)
基本的に同じことが繰り返し続くだけ。
物陰に隠れてシールドを回復させつつ、敵を狙い撃ちにしていく。
で、それが面白い。
やってて、「パワプロ」なんかと類似する喜びだな、という気がしていた。
突き詰めると、駆け引きのゲームになるんじゃないかな。
こういうゲーム(FPS:First Person Shooting:一人称視点のシューティングゲーム)がトコトン好きだという人の気持ちもわからなくはない。

今回、無理矢理自分に『HALO』をやらせてみたのだが、やってみたら結構面白かったな。
気がついたら2時間ぐらいぶっ通しでやってる自分に気がつくことがあった。
日本用に創ってない割には、それなりに誘導もかけてあるし、私のイメージしてた洋ゲーではなかった。
洋ゲーも進化してるのかもしれない。

残念ながら、コンペに敗れた『怒首領蜂大往生』は立ち上がらず終いだったのだが。
こっちもどうにかしないとね。



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