PS3で発売された『HEAVY RAIN -心の軋むとき- 』は印象に残る作品だった。 右アナログスティックの入力に同一性の観点が盛り込まれていたし、なにより選択肢が強烈だった。 子供のためにどこまで犠牲に出来るか、という究極の選択。 選択肢であそこまで追い込まれたゲームは他になかった。 『HEAVY RAIN』と同じ開発会社がつくった作品であれば、またああいう経験が出来るのかな、と思ったのだが、『BEYOND : Two Souls』はそうでもなかったな。 まあでも、違っていたからといって悪いわけじゃない。 『BEYOND : Two Souls』をプレイし始めると最初から、あれっ?と思った。 右アナログスティックの入力がぞんざいなんだよ。 ただ方向を入れるだけ。 動作とのシンクロは考えていないようだった。 戦闘シーンなんかになるとその傾向はより顕著で、主人公から見て右左ではなく、画面で見て右左なので感覚と一致しないことが多かった。 右・左と入力したいときでも、画面で見ると右・右になって、なんか気持ち悪い。 『HEAVY RAIN』ってこんなんだっけな?と私は首をかしげた。 選択肢も全く緊張感がない。 どうでもいいような選択肢ばっかりなんだよ。(さすがに最後の方は違うけどね) 歩いていると時々アクションを示すマーカーが表示されるんだけど、全く意味のない行動をするだけのことが多く、体のいい時間稼ぎになってた。 なんだこりゃ?というのが最初2時間ぐらいプレイしたときの感想だったな。 このゲーム、コンセプトが全然違うんだな、たぶん。 プレイヤーは主人公ではなく、主人公にくっついている霊体みたいなヤツなんだ。 でも、主人公も操作するから、同一性の観点からは齟齬を生じているのかもしれない。 ゲームも霊体浮遊みたいな状態で謎解きをするのがメインになっていて、選択肢はそれほど重要じゃないように思われる。 全然狙いが違うんだ。 そう考えれば、こんなのもありなのかなーとは思う。 ストーリーは全く支持できないけどね。 さんざんプレイヤー利用しておいて、なに被害者ぶっとんねん!とか私は思うな。 断片的に時系列を前後して進んでいく展開もあんまり良い効果は生んでいないように思える。 パートパートに区切ると、どれもこれもどっかで見たような話なんだ。 もの凄い既視感。 終わってみると、印象は悪い。 でも、それは映画を観たら面白くなかった、というのと同じ事であって、ゲームとして試みたことは別に悪くないんじゃないかな。 こういうのも良しとしないと、ゲームが創られる余地がどんどんなくなっていくからね。 |