くまうた_2

裏切りの熊岡シロー 2004_03_26

 

出す曲出す曲すべて大ヒットを飛ばす弟子にいったい何がしてやれるというのか。
なんにも教えなくたって、彼は大ヒットを飛ばすんだから。
いつかそのときが来れば弟子は去っていって当然である。
とはいえ、あれはちょっとショックだったな。
私は熊岡シローに裏切られたのである。

『くまうた』では、ヒットする歌を作るのが直接的な目標として設定されている。
ところが、どうやったらヒットするのか、ということが客観的にわからない。
おそらくテーマと1フレーズの間に結合の強さを設定して、結合の強さを数値化し積算しているのではないか、と思うのだが、本当のところはよくわからない。
で、なんかよくわからないので、歌を作っても張り合いがない。
ゲームってのは、自分の中でフィードバックをかけることによって上手になっていくから楽しいわけである。

面倒なので、歌詞を全く修正せずに、熊岡シローに任せっきりにしておいた。
そのうち彼は、「全部自分に任せてくれ」と言い続けるようになる。
お言葉に甘えて、私は全てを彼に任せ続けた。

そんなある日、熊岡シローは「もう学ぶことはなくなった」といって独立してしまったのである。
普通に考えればごもっともな話だが、あれはショックだった。
まさか弟子に裏切られるとは。
しかもゲームの中で。
結局彼は独立しても全く売れなくて、私の元に返ってくるのだが。

私は一連のイベントを見ていて、これは創り手に完全に読まれたな、と思った。
プレイヤーが私のような無気力プレイになることを創り手は見越していたのだ。
で、そういうプレイヤーにはちょっとお仕置きしてやれ!と考えたに違いない。
見事にやられた。

しかし、そのことは、創り手もこのゲームは面白くはないだろう、と思っていたということである。
制作者である森川氏によれば、こういうゲームを楽しめる人がたくさんはいないだろう、こういうゲームを楽しめる人が今現在ゲームをやっていないだろう、ということのようだが。

私はこの『くまうた』をプレイしながら、無理矢理作ったんだろうな、と想像していた。
なんでかというと、ゲームの本質部分より枝葉の方が面白くて、創った人たちも歌詞を作るところは面白くないだろうと思ってたんじゃないか、と早い段階で疑っていたからである。
本質的なところが面白くないからこそ、枝葉を作り込んだんじゃないか。

じゃあ、なんで無理矢理創ったんだろう?っていう疑問はあるよな。
なんでだろう?
私は、人工知能の研究成果を実際のゲームで発表してみろ!、とSCEIから催促されたんじゃないか、とか想像していたのだが。




<余談>

このゲームは音声入力と相性が良いよな、と思った。
PCをいじったり、勉強したりする片手間に音声で入力できたら、もうちょっとやる気になるのだが。

実際、弟子と師匠がずっと面をつきあわせてるってのも変じゃない?
師匠だって自分の仕事がしたいよね。



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