かまいたちの夜2

負荷と喜びのバランス 2002_09_24〜10_06

 

面白い。
まさかここまで面白いとは思わなかった。
一日に12時間ゲームしたのは一体いつ以来なのか?
ひょっとすると、高校生の頃24時間ぶっ通しで『三国志2』をやったとき以来かもしれない。
『かまいたちの夜2』は、PS2以外で発売されたのならば、もっと早くプレイしたかったゲームである。

『かまいたちの夜2』というゲームは、一応、推理アドベンチャーという体裁を取ってはいるが、それはごく一部に過ぎない。
設定だけを同じくして広がっていくパラレルワールドは、実のところ読むだけである。
しかも、その大半はたわいもないバッドエンド。
凝ったムービーや効果音を織り込んでいるとはいえ、なんでこんなゲームに自分は時間を使っているのだろう?と私は不思議に思った。
他のアドベンチャーゲームだったら、こんな事は絶対にしない。

例えば、エロゲーの世界にもスゴイ書き手がいる。
もっとも私の知る限り、片手の指が余るほどだが。
彼らの文章を読んで私はしばしば感心させられるが、じゃあ、選択肢を一々全部選んでみるかというと、そうではない。
大筋で変化がないとわかっているときは、そのままほかっておくのである。

そこで、他のアドベンチャーゲームと何が違うのか?ということを考えたところ、フローチャートがあるからだ、という結論に至った。
全部読んで(見て)ください、という意図なのだろう。
バットエンドでもちゃんと演出しておきますから、と。
フローチャートで選んでいない選択肢が一目瞭然だから、それを選んだときにどうなるのか試してみたくなるのだ。

逆にいうとこのことは、得られる喜びが小さければ、かける負荷もまた小さくしなければならないということをも示している。
自発的にセーブ&ロードで全ての選択肢を読む、なんて事は余程の喜びが約束されていない限りプレイヤーがやるはずはないのである。
『かまいたちの夜2』というゲームは負荷と喜びのバランスが大変よくとれているというわけなのだ。

ゲームとしては物足りないけれど、「サウンドノベル」というのは、そもそもそういうバランスを指向したゲームなんだろうと私は思うのである。
さすがに期待作だけあって、『かまいたちの夜2』にはプレイヤーの喜びを出来るだけ大きくしようという意気込みが感じられた。
私は大変満足している。


戻る