南米便り・日記編

 
 
  サッカーの南米選手権を観戦するため、パラグアイに来ています。なぜ日本が“南米選手権”?と思われる方もいるでしよう。その辺は、私にもわかりません。ただ、南米の人達にとっては、W杯の次に大切な大会だそうです。若手に切り替える最中だったり、欧州でプレーする選手が帰ってきていなかったりという国もあるようですが、どの国も真剣、アウェイの少ない日本チームにはいい経験になるはず。応援する私達も、未知の国パラグアイに期待してます。それでは、南米からの便りをお読み下さい。
6月28日
  31時間の長いながい移動を経て、ようやくアスンシオンに着きました。ホテルの部屋に入ると、ほっと息をつく暇もなく街中へ。水を買いに出たのだけど、ほとんどの店がひる休み。きっとスペインのシェスタと同じでしょう。この後何と私たちは、選手に会うことが出来たのです。練習に出発するところを、本当に偶然。それを見送った後、迎えのタクシーがくるまでお茶を飲んでいたら今度は宮様、次が川渕チェアマン、そしてとどめはFIFAのブラッター会長に遭遇。つまりそこが唯一最高のホテルだったようです。さすがに選手が帰ってくるまではいられませんでしたが、満足の一日でした。
 6月29日
  朝から雨。到着したときの暖かさがうそのような涼しさ。午後、ショッピングセンターに行きました。昼食と、試合中に飲むものの調達に。1階の市場にはあふれるように野菜があり、日の丸の旗を描いたトラックから、日系の人が荷を降ろしたりしていました。ほかの階にはブティックなどが入り、近代的な建物。インターネットカフェもあったのですが、いかんせんスペイン語、私には使えません。
試合会場には、5時前に着きました。2試合目がパラグアイということで、地元サポーターがいっぱい。パンを頭に乗せたおばちゃんやマテ茶を売るおじさんが頻繁にきます。試合の様子は帰ってから観戦記に書きますが、川口選手が先発ではなかったので、わりと冷静に見てました。2点目が入ったときは、何とか引き分けにと思ったんですけど。日本戦の途中からパラグアイの選手が入ってきて、場内はもう興奮状態、パラグアイコールやウエーブが始まってしまって、内容共々落ち着かない試合でした。2点取れたのはいいけれど、どちらもセットプレイからだし、3点も流れから取られたことが気になります。日本人サポーターが少なくて認識できていなかったか、そんな気になれなかったのか、選手は挨拶もせず帰っていって。とにかく次は、この熱狂的な地元サポーターを敵にまわして戦わなければいけないのです。日本戦の後に行われたセレモニーを見ながら、そんなことを思っていました。
 6月30日
  今日はエステ市に移動です。昨日第2試合まで見た人が帰ってきたのは夜中の1時を軽く過ぎていたというのに、出発は8時。バスで5時間ほどかかります。東に向かうのにバスの左側に陽が当たるのは、南半球だから。途中ドライブインで取った食事は、サラダバーのようなものがあってそれを自由に取り、肉類は焼きたてをボーイさんが持ってきてくれます。鳥、豚、牛、何でもあり。デザートもついて10ドル、それがこのあたりの相場のようです。コパアメリカのステッカーをつけた車が止まっていましたが、街でも競技場でもそういうものは売られていなくて。どうやら関係者のようでした。昼食の後、作り出す電力量が世界一という、イタイプダムに案内されました。パラグアイが世界に誇る建造物なのでしょう。何だかストをやっていたけれど、それものんびりした感じでいかにも南米。
ホテルはエステ市のなかでは高級らしく、報道関係者がたくさんいました。BSの解説でおなじみの人たちです。夜、ブラジル戦(対戦相手は失念しました)の試合があり、ほとんどの人がそれを見に行きましたが、私はテレビ観戦。7−0というゴールラッシュ、他国同士の試合だから楽しめました。自分の国だったら、とても見ていられません。8時からの夕食は、バイキングなのに料理が出そろってなくて、そのへんもお国柄でしょう。シャワーのお湯が一人分で無くなってしまうのも、2人部屋の人には気の毒です。
 7月1日
  イグアスの滝見学の日です。まずは国境のパラナ川を渡ってブラジルへ。物価の安いパラグアイ側に歩いて買い物にくる人がぞろぞろ。橋は、半分までがパラグアイの国旗と同じ赤白青、あと半分がブラジルカラーの黄緑と黄色に塗り分けられています。どうも、ブラジルのほうがかなり都会。ビルも看板も、あか抜けていて。
滝の近くでバスを降りるとまず出会うのが、アライグマの顔を細長くしたような“クワッティー”という動物。そして遊歩道の入り口からは、アルゼンチン側の滝。下りながら先に歩いていくと、どんどん奥の滝が見えてきます。鳴り響く水音、飛び散るしぶき。最後には、水の中にしつらえられた歩道で滝の真正面へ。覗き込むと落ちていく水を上から見る形になっていて、吸い込まれそうです。エレベーターで上がってもとの位置にもどり見学は終わりました。
ここから先はオプショナル、私はヘリコプターで空から全容を眺めました。ジープとボートに乗った人たちは全身びしょ濡れ。とても面白かったそうですが、寒そうで。その人たちが乗ってきたから、バスはもう水びたし。この後行くはずだったバードパークはキャンセルとなりました。陽が落ちてからアルゼンチン、パラグアイ、ブラジルの3国を望む地点へ。島国日本に住むものには、不思議な光景でした。
 7月2日
  いよいよパラグアイ戦です。開催国との対戦ということで、これが今回のメインイベントといっていいでしょう。エステ市から5時間ほどかけて、アスンシオンに戻りました。せっかくだからと、第1試合から見ることにして、早めに出かけます。この前はすぐに場内に入りましたが、今日はまわりをぐるりと一周。食べ物や飲み物、旗や鳴り物やクッション、いろいろな物が売られている中を歩きました。個人で来たという知人に会ったりもして。会場はまだ7分くらいの入りでしょうか。ペルー対ボリビアが始まっても、地元の人にとっては前座試合ですからのんびりしたもの。途中でパラグアイ代表がピッチの横に現れたときから、テンションが上がり始め、声援、手拍子、足踏み、縦揺れ、横揺れ、何でもありです。
そして、日本戦が始まりました。ようやく川口選手の登場です。相手キーパーと挨拶を交わしたりして、落ち着いているように見うけられました。けれど、試合内容は語る気にもなれません。座っていた席が後ろだったせいだけでなく、伝わってくるものがないのです。トルシエ監督は、足を組んだまま見ているだけだし。生きのいい吉原宏太くんが入っても、パスを出す人がいないのですから。勝ってしまったら、地元のサポーターが恐いだろうなんて心配をした私が馬鹿でした。4−0で負けながら、ユニホーム交換をしている選手に違和感を覚えたのは、私だけではなかったようです。楽しそうなパラグアイの人たちにからかいのまじった同情の声を掛けられながら、こぬか雨の中、帰路につきました。
 7月3日
  今日も朝から雨。本当によく降ります。とりたてて予定もないし、近くの土産物屋まで行って数少ないコパグッズや絵葉書を買いました。その後ようやくインターネットが繋がって、大感激。午後からはみんなでショッピングセンターへ。負けて散々だったのに、やっぱり川口選手の写真が載っている新聞を買ってしまう自分が悲しい。サッカーボールを買う人、安くなっているブランド品を買う人、いろいろです。マーケットには、コパアメリカバージョンのペプシコーラやバドワイザー。面白いのが、パラグアイの形をくりぬいた定規。私は地元の人がいつもポットに入れて持ち歩くくらい良く飲む“マテ茶”のティーバックを購入。競技場で飲んだものは、甘くて苦い味でした。帰りは、時間を決めてミニバスにピックアップを頼んでおいたのに、1時間5分も待たされて。このへんはいかにも南米。禁煙コーナーでたばこを吸うと、灰皿を持って来てくれるような国です。夕食は久しぶりに日本の味、すきやき。なんのかのといっても、やっぱり食べなれた味はいいものです。
 7月4日
  早めに起きて、代表の移動をお見送りしました。向こうのホテルに着いたときは、ちょうど選手達がチェックアウトをしていて、終わった人を捕まえてはサインをもらったり写真を撮ったり。私はもっぱらデジカメで撮影です。帰国したら、ページを作って公開しますね。選手達はみな機嫌が良くありません。おとといあんな試合をしたのだから、当たり前でしょうけど。移動なのでスーツかと思いましたが、2泊で戻るからか、ジャージ姿でちょっと残念。朝のうちかかっていた分厚い雲は、この頃には晴れてきて、日差しも出てきました。
午後は、オプショナルでアルゼンチン対コロンビアの試合です。気温は上がってきたのだけど、試合が始まる頃には日が沈むからと、完全防寒で出かけます。第1試合が始まってから入場したら、自由席は満杯。それでも強引に割って入って、ゴール裏に座りました。ところが第2試合が始まってみると、気温はどんどん下がって来て風が冷たいし、試合内容も寒いのです。まさかアルゼンチンが3−0で負けるとは、思いもよりませんでした。半分以上立ちあがっているサポーター達も、最初は余裕で見ていたのがだんだんマジになってきて、最後はブーイングも飛んでいて。時々物も飛んでくるし。でも、終わった後荒れたらどうしようとの心配は無用でした。予選ラウンドは、負けてもそこで終わりではないので、不満ながらも暴れはしなかったみたい。それでもツアーの人たちとはぐれないよう、必死でしたが。
 7月5日・6日
  ボリビア戦から帰ってきました。ただいま朝の8時半。アスンシオンから試合のあったペドロファンカバレロまでは、バスで8時間ほどかかります。昨日の朝の今頃出発して、途中トイレ休憩と昼食をはさみ、到着したのが夕方の5時頃。またしてもこぬか雨が降るなか、とりあえずバスを出て、競技場のまわりをぶらぶらしました。アスンシオンに比べるととても田舎、人も物売りも少なくて4日のアルゼンチン戦のような華やいだ雰囲気はありません。それでも少しは人の多い正面入り口のへんでうろうろしていると、ちょうど選手のバスが着きました。相変わらずの無反応、アルゼンチンの選手は外人である私たちに手をふってくれたのに。競技場に入ってしまうと濡れるので、しばらくバスで待機してから入場しました。
席に着くとすぐ、選手達がアップから引きあげて来て、それを見ただけで川口選手が先発ではないとわかります。ほかの人たちは段幕や日の丸を貼ったり、うちわを出したり。私は座って観戦を決め込んで。場内は6分くらいの入り。天気が悪いし、地元の人たちはパラグアイ戦だけ見ればいいのでしょう。試合が始まってからも通路をとおる人が絶えず、はっきり言って邪魔でした。だいたいずっと霧が降っていて、反対サイドのゴールなど、ほとんど見えません。
前半は日本ゴールが目の前だったのに、ちっともこちらにこなくて。つまりそれは、ボリビアに押されているということです。パラグアイ戦よりは気持ちが入っているように見えますが、相変わらずミスが多くゴール前までボールが行かなくて。せっかく相手にレッドカードが出て一人少なくなったのに、それに合わせるようにこちらも10人になってしまうし。結局同点にはできましたが、最後まで流からの得点は見られませんでした。勝点1を得ただけで満足しなければいけないのでしょうか?その後田舎のひなびたレストランで食事をし、夜中走ってホテルに着いたのでした。そして午後2時には帰国の途につかなければ。これで、私の南米便りは終わりです。
 
 

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