エッセイ・四角い箱から
 
第3回 『三味線と私』     
 


 初めて楽器に触れたのは、幼稚園のオルガン教室だっただろうか。それなりに楽しかったが、卒園と共に終了した。その次は、小学校での鼓笛隊。確か小太鼓だった。6年生の時から、クラシックギターを始めた。本当はバイオリンがやりたかったのに、「アゴの下にタコが出来るよ」と言われ、急きょギターに変更。後で考えてみると、何となくカッコイイからやりたかっただけなのだ。代替えで始めた割に、ギターは5年ほど続いた。まんが家になってから、フラメンコギターをかじったこともある。しかし、そのどれも、「大好き」というまでには至らなかった。

 三味線を習おうと思ったのは、楽器を何かやりたかったのと、母が長唄をやっていて三味線が家にあったからだ。いや、それだけではない。遠い昔、テレビの歌謡番組で聞いた端唄を少しだけ覚えていて、その節回しを「嫌いじゃないな」と思っていたこともある。

 始めてみたら、…面白い。五線譜にきちんと書き込める西洋音楽と違い、独特の間や音のずれがあって、それが味わいになっている。それでいて、ギターと同じ様な弾き方があるのが不思議だ。惰性で通っていたような5年間が、こんなところで生きてきた。唄いながら弾くときや伴奏の時は、かつて合唱部だった頃、主旋律を聞きながらハーモニーを付ける"アルト"というパートをやっていたことが役に立つ。

 何にせよ、新しいことを覚えるのは楽しい。何年も変化のない日々に、三味線はちょっとした風を送ってくれる。それは、新鮮で心楽しい。今まで真剣に聞いたことの無かった長唄のCDなど聞きながら、原稿を描いたりしている。歌舞伎にも良く行くようになった。着物を着る機会も増え、作る理由にもなる。

 「ものを好きになるには、才能がいる」とは、山田太一氏がドラマの中で登場人物に言わせていたセリフだ。取りあえず、好きになるだけの才能…とまでは言わなくても、資質はあったらしい。少なくとも、今まで手にした楽器よりは。そこから先は、私次第。きちんとした楽譜もない、音を決めるフレットもない、曖昧で手強くて味わい深いこの三味線という楽器とは、長いつきあいになりそうだ。

 
98年11月10日UP

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