エッセイ・四角い箱から
 
第12回 『楽園』
 


 私は、東京が好きだ。兵庫県に住んでいた子供時代、毎年夏休み東京に行くことが何より楽しみだった。祖父母の家で従姉妹達に会って、井戸で冷やした西瓜を食べたり花火をしたりという、いわゆる“田舎”でする事を、東京でしていたのだが、それだけが楽しさの理由ではない。伊勢丹に行って買い物をしたり、出来たばかりの東京タワーに昇ったり、羽田空港を見学したりと、東京ならではの場所が好きだったのだ。

 今でも都会好きは変わらない。木々に囲まれて暮らすより、便利な都市の真ん中に居たい。家具はガラスとクロムメッキとアクリルで統一し、できるだけものは飾らずシャープな空間にして。(これはあくまで理想で、現実とは別である) そんな私が、住んでみたいと思う“田舎”がある。

 千葉県丸山町がそうだ。南房総と呼ばれる地域にある。今の時期ならもう路地植えの花が満開だ。ひなげし、ストック、菜の花、きんせんか、海に向かって開けた畑はカラフルなパッチワークのよう。寒がりの私にとって、暖かいというのは何よりだ。そして大好きな温泉もある。いつも泊まる場所の温泉浴場は休日しかやっていないが、すぐ隣の千倉や鴨川のホテルにはクアハウスができた。

 散歩なら往きは海に沿ったサイクリング道、帰りは雑木林の中の農道。きらめく波と季節毎に変わる木々の表情を見ることができる。途中には、ローズマリーとシェークスピアをテーマにした公園もあって、ハーブを売っていたりする。通ったことのない道を気の向くままに曲がってみるのも面白いし、天気のいい日は千倉の海岸まで車で行って、歩いてもいい。砂浜の続く丸山町と趣を異にする岩場が続き、海を眺めるだけでも飽きない。

 夏、緑一色になった田圃に建つ白い風車を見ながら、ひぐらしの声を聞いていると、「楽園」という言葉が心をよぎる。冬は暖かく、夏は風が心地よく、海があり樹々があり花が咲き―。だがしかし。

 私は旅行者としてそこにいる。不都合なことがあっても帰ってしまえばそれですむ。来るのはいつも仕事の無い時、いいところだけ味わって、楽しく過ごす。車さえあれば買い物に不自由はない。美味しいものを食べさせてくれる店もある。けれど、住むとなればどうだろう?例えば病気になったとき、車に乗れなくなったとき、まわりの人との付き合い、などなど。そして最大の問題点は、こののんびりした環境で仕事ができるか否かである。

 結局「楽園」とは、住むところではなく時々行って命の洗濯をする場所なのかも知れない。それでも、いつか、働かなくてもいい身分になったときには・・・。はかない望みを抱いて、日々仕事に励む私なのである。

 
99年2月10日UP

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