
【1】
失敗事例はあっても、成功事例はない。
食品偽装、再生紙偽装、毒ギョーザ。
最近、世間を騒がす企業不祥事は、すべてリスクマネジメントの失敗事例だ。
それぞれをケーススタディとして研究すれば、格好の教材になる。
リスクマネジメントで登場するのは、たいてい失敗事例ばかり。
「失敗事例はいいから、成功事例を教えてほしい」
という質問を受けることがある。
この時が一番困る。
リスクマネジメントでは、何が成功事例なのか分からないからだ。
不祥事を起こしてしまうのが失敗だとすると、不祥事を起こさなかったら成功といえるのか。
不祥事を起こしていないのは、リスクマネジメントに成功しているからなのか、たまたま不祥事が発覚していないだけなのか、傍目では判断できないのだ。
あの餅菓子の老舗メーカーも、不祥事が発覚するまでは、地方の優良企業の代表格だった。
ビジネスセミナーでは、経営者がゲストスピーカーとして招かれ、「お客様の期待に応えるのが、商売の喜び」などと経営哲学を披露していたりした。
評論家や経営コンサルタントは、この老舗メーカーを引用して、その経営姿勢をほめちぎったものだ。
餅菓子という単純な商品だけで300年もの長きにわたって企業を存続させてきたという、まさにリスクマネジメントの成功事例として紹介されてきたのだ。
それが、一度の内部告発で、あのとおり。
いまや、リスクマネジメント失敗事例の代表格である。
もちろん、リスクマネジメントの中でも、成功として伝えられる事例は全くないわけではない。
日本で有名なのは、参天製薬の事例だ。
脅迫状が届いた後の企業側の対応が迅速で適切だったことが称賛された。
その直後に起きた雪印の食中毒事件が最悪の対応だったため、特に参天製薬の対応が際立って素晴らしく見えた。
だが、これも100%成功と言い切れないところがある。
参天製薬は当時、目薬の簡易包装を行なっていた。
目薬が裸のまま紙のケースに入れられ陳列されていたのだ。
簡単にケースを開けられるし、目薬のふたを開けるのも簡単。
簡易包装は安全上に問題があるということで他のメーカーは、採用していなかった。
参天製薬の簡易包装が事件を誘発したということも考えられる。
それに、雪印が自らの不手際で食中毒を引き起こした加害者であるのに対して、参天製薬は犯人に脅迫されたという一方的に被害者の立場だった。
だから、情報を全て公開しても、世間の同情を集めこそすれ、非難されることはないのは明らか。
だからこそ、迅速に行動できたという面がある。
これが、雪印のように、自社の製造工程で異物が混入したような事件だったら、情報公開が遅れ、対応が後手後手になっていたかもしれないのだ。
こうなると、果たして成功事例といえるのかどうかがあやしくなってくる。
成功事例を探す難しさをもう1つ。
2000年問題をご記憶だろうか。
コンピュータプログラムの不具合から、1999年から2000年に切り替わる時に、トラブルが発生するとして大騒ぎになった。
中には、水道、電力、ガスが止まり、物流がストップし、社会機能がマヒする、と警告を発する人まで現れた。
その警告に従って、食糧を備蓄したり、田舎に避難したりした人もいた。
で、2000年を迎えたとき何が起きたか。
ほとんど何も起きなかった。
どこかで何かが起きるはずだと世界中のマスコミが待ち構えていたが、何も起きなかった。
ATMの印字に不具合が発生した機械があったという程度。
これをどう評価したらいいのだろう。
あの警告は、まったく無駄なお騒がせだったのか。
それとも、あの警告のおかげで、みんなが適切に対処し、何事もなく乗り切ることができたのか。
実は、この結論は誰にも分らない。
なぜなら、2000年問題を騒がなかった場合にどうなっていたかを、誰も経験していないからだ。
いま、はっきり言えるのは、2000年問題で、失敗はなかったということだけだ。
リスクマネジメントには、明らかな失敗事例があるだけで、成功事例は存在しない。
成功事例が存在したとしても、それは私たちにはわからない。
この辺が、リスクマネジメントのもどかしさだ。
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平野喜久(ひらの・よしひさ)
中小企業診断士
ひらきプランニング株式会社
代表取締役
BCP(事業継続計画)の普及のため、講演、セミナー、BCP策定支援、執筆活動など、各方面で活躍中。
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