1−8.パンソリ

<パンソリの合の手>

インターネットでパンソリと引くと解説がいくらでも出てくる。ほんとに便利 になったものだ。百科事典代わりに使うには最高だ。だからパンソリを詳しく 知りたい人はインターネットするのが良い。ただしサーフィンしていると時間 があっという間に経つから、要注意。

パンソリは韓国の伝統芸能だが、全国ということではない。全州を含む南西部 全羅道の音楽なのだ。もともと李朝中期に登場した庶民音楽で、後に富裕階級 にも広まり、これを保護育成したようだ。だから村の広場で唄い手を観衆が囲 み、囃しながらやった。大統領選パンソリ風景挙ではないが、南東部慶尚道に広まらなかっ たのは、全羅道には肥沃な平野があり、音楽を愛でる富裕階級が育ったが、平 野のない慶尚道は、生活に追われて文化が育たなかったと、全羅道の人は言う。

「パン」はこの広場の「場」のことで、ソリはソリ祝祭のソリで「音、唄」で ある。実際に見ると、この観客との掛け合いが誠に絶妙で、会場に一体感が出 て楽しい。「チェー」「イェー」「クロッチー」「アーアー」「シウォー」「カー」 「チョア」。さまざまな掛け声は意味があったり、単なる合の手であったりだ。 唄い手に熱が入り、山場が来ると、おばさんが、おじさんが、娘さんが「クロ ッチー=そうだ!」「チョアー=いいぞ!」などと声をかける.。
                                                                      <パンソリ風景>
<完唱>

パンソリは唄あり、語りあり、身振りありの一人芸能だ。よく一人オペラとい われる所以だ。手に大きな扇子を持ち、これをぱっと開いたり閉じたり、振っ たり指したりして調子をとる。扇子は全州の特産品で、竹や絵の良い物は高価 だ。普通立って演じるが、たまに座ることもある。後ろには花鳥風月の屏風が 置かれる。脇に鼓手が座り、合の手を入れる。太鼓の皮と胴を撥や手で叩き、 掛け声を出し、時には唄い手や観客と掛け合いをする。唄い手は女性が多いよ うだが、鼓手で女性は見たことがない。

女性はチマチョゴリ、男性は民族衣装 につばひろの山高帽を被る。そう言えば、パンソリ映画で有名な「西便制ソビ ョンチェ」も唄い手の姉と鼓手の弟の話だ。もともとは演目が12くらいあっ たそうだが、今残ってるのはたった5つ。だから話は皆知っているし、好きな 人は一節一節まで知っていて、一緒に唸っている。唱本チャンボンという唄や 語りを書いた一冊を一人で演じ切る。長いのは8時間、短くても4時間という。 誠に長丁場。唄うほうも聞くほうも大変だ。観客は公演中勝手にトイレに食事 休憩に立っている。舞台には水差しが置いてあり、演者は時々扇子で隠したり、 後ろを向いてのどを潤す。だから完唱ワンチャンという聞きなれない言葉があ り、長時間演じ切るということに敬意が払われる。

<オジョンスク一家>

烈女物語として日本の忠臣蔵のように国民的人気のある「春香伝チュニャンジ ョン」は8時間という。今回ぜひ聞きたいと思ってたものだ。それがKさんの 話では、今回は一人でなく約30名によるリレーパンソリが、文化の殿堂の小ホ ール、ミョンインホールで閉幕前日14時からあるという。演じるのは東草制 トンチョジェを引オジョンスク一家き継ぐオジョンスク一家で全員女性。

東草制は東便制の流れだろうか。前回触れた国楽院K教授も、伝統文化センターで聞かせてもらった L元教授も皆彼女の弟子。単に聞くだけでなく、既に教えている風景を見たり、 一度聞いた人がいるとより近親感が湧き、興が乗るものだ。 会場は市民でほぼ満員で、席が足りず、ステージの前のオープンスペースにも 座り込む有様。最もルーツから言うと、この聞き方がもっともパンソリらしい のかも知れない。関係者も多く、会場のあちこちで会話がされる。当然Kさん の娘さんも学校の同僚か、同じ先生の弟子だろうか、友人と出たり入ったり。
<オジョンスク一家>

師のオジョンスクさんは、もう80歳という、出演者の中で一番小柄なかわい い顔をしたおばあさん。皮切りと半ばと締めを唄った。やや甲高いが張りのあ るしっかりした声、つまりソリで、身振り手振りも鮮やかに唄い、語る。観客 はもう大喜びだ。間を色とりどりのチマチョゴリに身を包んだ弟子たちが熱唱 する。中には6人によるパンソリ合唱もあり、彩を添える。祝祭らしく華やか で実に楽しい公演だった。舞台の前のオープンスペースで外人が、唱本片手に 聞き込んでた。

<春香伝>

舞台は南原ナモン。全州より南東に約1時間。南原に行けば春香伝一色である ことがすぐわかる。町の中心は広寒楼クァンファンル。烏鵲橋オジャクキョが あったり、春香の肖像画などもがある。代官の息子李夢竜イモンニョンがブラ ンコをこぐ成春香を見初めた所。ところで2人とも16才というから、かなり 早熟だったのか。

広寒楼を核として5月の連休時には毎年春香祭行われる。 パンソリにも流派があり、大きく東便制トンピョンジェと先の映画で出てきた 西便制ソピョンジェに分かれる。文字通り東と西だ。ところがこの東とか西は 全羅道の中の東側、西側であり山岳地帯と平野地帯とも言える。東は先天的な 歌唱力重視でテンポが早く、西は技巧や修飾を凝らす緩やかなテンポだと言う。 地理的に南原は東になる。現在は華麗な西便制が主流という。

だがここもかの 秀吉の侵略の被害を受けており、鹿児島の薩摩焼きで有名な陶工沈寿官は、そ の時南原から日本に連れてこられた子孫と言う。先日NHK衛星放送で14代 沈寿官が南原を訪問する番組があり、興味深く見た。日本人としては、春香伝 より沈寿官の方が、あるいはより興味あるかも知れない。沈寿官の話について は司馬遼太郎の「故郷忘じがたく候」に詳しい。

<貞女烈女>

オジョンスクさん春香伝はラブストーリーであり、別れも邪まもあり、貞女烈女ものであり、勧 善懲悪ものであり、恨みを晴らして、ハッピーエンドで終わる。愛、別、邪、 貞、善、悪、恨、幸の何でも含まれるので、山場がいくつもある。その各々の 山場で唄い方を変えていく。ラップのように軽快に唄うこともあるし、腹から 声を絞り出すように唄うこともあるし、のびやかにメロディをつけて唄うこと もある。

聞かれたい方はイム・グォンテクの「春香伝」を見ると良い。大筋は 変わらなくとも、パンソリになると千差万別になる。30種以上の唱本(テキ スト)があるという。映画での名場面では次のように唄う。 春香の部屋での愛の唄。2人はふざけ合い、夢竜が春香をおんぶしながら唄う。                                                    <熱演するオジョンスクさん>

「こっちおいで おんぶしてあげよう こっちおいで おんぶしてあげよう
愛しい愛しい愛しい君よ 愛しいかな ああ愛しい君よ
何を食べんとす 君は何を食べんとす」

横恋慕する悪代官の前での棒打ち刑罰での数え唄。声を張り上げ春香が唄う。 一つ打たれて。

「一の字で申し上げます  若様一筋と誓った心 
一人の夫に仕えんとする私を  一本の棒で打つとは何たることぞ 
早く殺してください」

この後二つ、三つと打たれ、そのたびに十まで韻を踏んだ怨念の返歌を悪代官に叩きつける。胸のすく烈女貞女振りである。 映画では画面があるからイメージが湧くが、パンソリはこれを一人の唄い手が 身振り手振り、抑揚を変え、声の音を変え、延々唄いあげる。やっぱりユニー クな伝統芸能だ。 ところで、春香も夢竜も実在の人物だったが、儒教の社会での身分を越えた恋 に儚み、春香は自殺しハッピーエンドにはならなかったとも言う。庶民の芸能 だからそこは夢を込めて、ハッピーエンドにしたのだろう。

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