平成11年5月5日 西新いろいろ
平成7年9月から平成11年3月まで福岡市の西新に住んだ。西新は私にとってまことに興味のある町だった。歴史的に三業地域といわれるように、現在でも修猷館ありリヤカー部隊ありそして飲み屋が集まるのれん街もある、本当に飽きないところだった。単身生活だったのでうまい魚にひかれて、料理までするようになった。地理的にも地下鉄で天神に10分、空港に20分の便利なとこだ。ここを拠点として私は九州中を動き回った。
そして平成11年の雛祭りのころ内藤町に戻った。内藤町は歴史上では内藤新宿で有名なとこであるが、西新に負けず劣らず住むのに便利なとこだ。何より新宿御苑に隣接し、都心とはいえど緑が多く静かだ。新宿10分,四谷15分、神宮外苑10分、歩いていける。上の写真は神宮のなんじゃもんじゃで全部で20本以上ある。九州では対馬が有名だが残念ながら行けなかった。
5月9日
西新はその名のとうり福岡の西に位置する。大濠公園より更に西だ。したがって博多ではなく福岡サイドになる。この町はいわゆる新都心に当たるが、庶民の生活の臭いもぷんぷんする。岩田屋やビブレもあったがなくなろうとしてる。海も近い。樋井川でははぜばかりでなくうなぎまで釣れた。山も遠くない。早良街道を佐賀方面に30分も行けば背振山系になる。私は地下鉄の西新から3分のアパートに住んだのだ。地下鉄を海側でなく陸側に出るとすぐリヤカー部隊だ。ちょっと観光化されたが、なにより
活気があって元気ずく。リヤカー部隊の入り口のすぐ右側に女のこの大好きなケーキ屋がある。ここのケーキは450円だがBIGでRICHである。ケーキ屋の先の魚屋は界隈では最大でTVにもでてた。朝は8時ぐらいからやっているので、土曜日には朝早く買いに行ったものだ。この魚屋の正面のリヤカー部隊の通りに直角な道が地元の人や通が好む商店街である。果物や、漬物や、八百屋4軒、揚物や、肉屋2軒、魚屋2軒、うどんや2軒、干物や、スーパー、パン屋、だんごや、花屋3軒、ごちゃごちゃとしていて何でもある。3年半世話になったとこだ。スーパーの前の魚屋は良く使った。イカを丸ごと買って家でイカ刺し。生きた渡りが二やしゃこの丸湯で。かわはぎでなべ。
そして事前に頼んでフグ刺し、フグなべ。西新に住んだ至福である。
5月30日 九州の山
先週久住山と中岳に登った。ミヤマキリシマにはちょっと早かったが、天気に恵まれ最高だった。牧ノ戸峠より登ったが土曜日であったこともあり、山の銀座のようだった。大勢の人が登るので始めはコンクリートの階段の上りだった。コンクリートを登り切るとそこは1503mの見落としそうな小さな沓掛山だ。この山には鎖のついた階段で登る。そのうち広い台地に出る。そしてお目当ての久住山が前方にはっきりと見えてくる。感動する。左に巨大な岸壁の星生崎を眺めながら下ると避難小屋がある。この先に久住分かれがあり、ここからはゴロ石のきつい坂をひたすら頂上を目指す。頂上はこれこそ銀座。ひと、ひと、ひと・・・・・。はえもいる。そこは1787m九州第2の山だ。展望は360度すばらしい。広い平野の向こうにうっすらと阿蘇が涅槃のように見える。煙を出している硫黄山。くっきり見える大船山、平治山、そしてそのふもとに歌に有名な坊ガツル。祖母、傾きも見えた。標識のところではなんとバスガイドが旗を立て、約20名の記念撮影をしてた。おかげで久住山の標識を入れた写真はあきらめた。隊長お手製の寿司と頂上で作ったラーメンは最高。
帰路は下ってすぐ右に道を取り御池の縁を通って九州最高峰の中岳へ。1791m。久住山に比べ人気がいまいちなのか、バスガイドどころか誰もいなかった。標識を入れゆっくりと記念撮影。後はきた道を戻り牧ノ戸峠へ。そして由布院で温泉、最高であった。
九州3年半の間に登った山は、豊後富士といわれる由布岳、最後は両手両足の胸突き八丁、眼下は紅葉であった。大船山、この時はミヤマキリシマが最高。平治山、霧雨と黒いミヤマキリシマ、虫のためとのこと。本当に天の逆鉾が頂上に立っている高千穂峰。坂本竜馬も見たのだ。えびの高原から石、岩だらけを登った韓国岳。車で登ったら頂上に自衛隊の基地のあった背振山。
最高が1791mの中岳なので本州の山に比べれば高さは低いが、気軽に行けること、大体温泉があること、やっぱり気持ちが良いので今後も機会があれば登りたいものだ。
ところで星生崎、平治山、韓国岳の読み方は?
6月9日 九州の花
内藤町の我が家はマンションの1階なので小さな庭がある。そして片隅の岳アジサイが咲き始めている。九州でもたくさんの花を見たことを思い出す。
アジサイ・・・・・・佐賀県相知町の見返りの滝、箱崎宮
花しょうぶ・・・・・太宰府天満宮、唐津の花しょうぶ公園、熊本玉名のお堀、福岡城の小さなしょうぶ園
藤・・・・・・・・・・・・八女の黒木の大藤、二日市温泉の側の武蔵寺
ツツジ・・・・・・・・佐賀県基山の大興善寺、久留米森林つつじ公園
ミヤマキリシマ・・雲仙仁田峠、前述の山々
さくら・・・・・・・・・秋月城跡「杉の馬場」、福岡城舞鶴公園、福岡西公園、油山市民の森、島原城、熊本城、竹田の岡城跡、
臼杵公園
コスモス・・・・・・・能古の島、北野のコスモス街道、佐里コスモス遊園
紅葉・・・・・・・・・・耶馬溪、久留米の九年庵、五家荘、高千穂峡、
うめ・・・・・・・・・・・太宰府天満宮、人吉梅園、糸島半島、
その他・・・・・・・・・大分県の原尻の滝のチューリップ、くじゅう花公園のラヴェンダー、熊本県のヒゴタイ公園のヒゴタイ
菜の花、石楠花、ひまわりなど見落とした花もたくさんある。今度は是非見たいと思う。
7月24日 九州の祭
東京は連日雷雨が続き梅雨明けしたようである。ただ福岡と同じ様に新宿で地下室を見に行った人が溺れ死に、おまけに雷であの都庁の高層ビルの壁の一部が落ちたとか。我が家の小さな庭で蝉の抜け殻が見つかった。いよいよ夏本番で、夏と言えばお祭り、中でも九州は名うての祭り好きである。福岡の山笠はここ東京の新聞の一面を飾るほど全国的だが、その他に九州各地にいくらでもある。
福岡の箱崎宮は四季折々に風情があるが、正月の玉ぐすくと言う祭りは、ふんどしの男が騎馬戦で木のバレーボールほどの玉を奪い合い、勝ったほうが最後にそれを箱崎宮に奉納すると言う変わった祭りである。なお勝ったほうは奉納後に「祝いめでたナ
若松様よ・・・」と例の博多祝い歌を朗々と歌う。山笠では、一番山が櫛田神社に入ったところで止まり、山を揺すりながらこの祝いめでたナを歌う。このためレースが中断するので、一番山のスタート時間は4時59分と言うおかしな時間になっている。なお山笠はタイムレースの祭りでもある。
正月は火祭りがあり、太宰天満宮のうそがえに続く鬼すべ、久留米大善寺の鬼夜など見た。うそがえは番号のある小さな木のうそを買って人の渦の中に入り、「替えましょう、替えましょう」の掛け声とともに隣の人と次々にうそを替え、音楽の終わったところで貰ったうその番号により、金のうそがもらえると言う他愛の無いものである。参加型で外人には受けるようだ。鬼すべはなんとも言えぬ火祭りで、木の館に入った鬼を館を打ち壊して追い出しその残骸を燃やしてしまうと言うものである。なおこの残骸は福をもたらすと言うことで見物客があらそって持ち帰っていた。鬼夜は大松明に火を付ける祭りで、その松明には人が何人も乗れるほどで、火勢もあり迫力がある。
「梨も柿も放生会」と秋の箱崎宮のホウジョウヤも、去り行く夏を惜しむようなしっとりとした祭りである。なぜか新生姜を買うが、なかなか買えず私は買えたことが無い。福岡の祭りはその他に5月連休にドンタクがあるがこれは完全に参加型の祭りで、あまりピンとこない。ただ最近は他県や東南アジアの国々が参加するので、長崎の蛇踊りやタイの踊りなども見れうまくすれば面白い。
7月後半から8月には加えてここかしこで花火があり忙しい。福岡の花火で有名なのは大濠公園と百地浜であり、東京でいうと隅田川とお台場と言う感じである。なお都心では我が家に近い神宮外苑の花火がもっとも身近に見れ、花火の滓などが上から落っこちて来る。
大濠公園は意外と公園の木が邪魔して、公園内に入ると人ばかりで花火はあまり見えない。百地浜は主催がRKBで陸地から見ると福岡タワーなどが邪魔する。特にライバルのTNC会館からは見えにくい角度に打ち上げている。見たことが無いが海の船から見れば最高であろう。
福岡の近くでは久留米の筑後川の花火がのびのびとして雄大だ。ただ何所でも同じだが川岸が人人人になるので、席取りが大変だ。
8月お盆近くに山鹿の灯篭祭りがある。火の入った灯篭を頭に載せた千人の若い女性が暗闇の中でヨヘホーヨヘホーと優雅に踊る。なかなか幻想的だが、この町の何所にこんなに大勢の若い女性がいるのだろうと思う。あわせて何やら古代祭りもやっているがこちらは付けたし。
面白いのは9月中旬の熊本の馬祭り(正式には藤崎八幡宮例大祭)。スペインの牛追いほど乱暴ではないが、馬を飾り付けビールを飲ませ、掛け声笛太鼓で熊本市内を練り歩く。目抜き通りのアーケードにまで入ってきて、興奮した馬が逃げ出すこともある。掛け声はやしが「ボシタ!ボシタ!」で、何でも加藤清正が例の朝鮮出兵で「滅ボシタ」から来ていると言うから恐ろしい。熊本人にとって清正は英雄でも、ここまで来ると韓国の人が清正が大嫌いなのもわかるような気がする。なお阿蘇の最高峰高岳は1592mであるが、ある韓国の著名な人は秀吉の朝鮮出兵の年なので忘れられないと言っていたの思い出す。かように国と国の関係は難しい。祭りは藤崎宮より始まり市内を練り進み熊本城で休憩し藤崎宮に戻り一日中続く。
北九州の祭りは小倉祇園太鼓、黒崎祇園山笠、戸畑祇園大山笠。祇園太鼓は一番有名だが、小倉城での太鼓の山車のパレードが中心であの無法松にはもはやほとんどお目にかかれない。祇園山笠は黒崎駅前の大通りで大きな山車山笠が練り歩くもので、山車の中に太鼓笛が入り、山笠を飾った山車の上に多数の人が乗り、福岡の山笠とは違った趣がある。戸畑の山笠は、巨大な三角錐に組上げたちょうちん山笠が公園の周りをぐるぐる回るもので、暗くなりちょうちんに火が入るときれいである。そしてこれらの祭りがみな揃うのがわっしょい百万夏祭。
隣の下関の壇ノ浦の平家を祭る赤間神宮の5月連休のおいらん道中では、華やかに煌びやかに練り歩く何人ものおいらんが見れる。最後は赤間神宮内の太鼓橋を見栄を切って渡るのだが、これを斜め下から見るのはため息が出る。
その他は、6月呼子の大綱引き。町の狭い通りに大綱を置き、町を漁師側(海)、百姓側(山)に二分して3本勝負の綱引きをする。もちろん勝ったほうが今年1年大漁豊作である。朝市で食べたカメのつめ(貝の一種)は止められない止まらないであった。
長崎のランタン祭りは中華街の祭りで、どうと言うことはなかったが、中央の公園に飾ってあった景徳鎮の無数の皿などで作った龍や鳳凰はなかなか見ごたえがあった。残念ながらくんち、ペーロン、精霊流しは見れなかったし、その他玄界灘のみあれ祭、伊万里のトンテンカンなども見損なった。いつかみたいと思う。
7月31日 福岡近辺の温泉
梅雨明け後は連日猛暑が続いている。こういう時の温泉はなんとも言えない。九州では実に温泉が身近であった。福岡でも私の住んでいた西新からちょっと足を伸ばせば温泉は堪能できた。福岡の奥座敷と称する所がいくつかある。まず西新より早良街道を佐賀方面に向かい、途中三瀬峠に行かず背振山のほうに行った山裾に、天名水温泉涼山泊と言う小さな一軒家の割烹旅館がある。車で40分ぐらいで、麓まではバスもある。人数が揃うとマイクロバスのお迎えもあると言う。せせらぎに突き出した桧風呂は乙なものだ。
早良街道をそのまま三瀬峠越えすると佐賀県に入り、有名な古湯温泉が近い。佐賀の奥座敷であるが福岡にとっても奥座敷である。川沿いの小高い山々に囲まれたひなびた温泉だ。近年山の中腹に大きなホテルが出来、各種温泉に日帰りではいることが出来る。近くの北山ダムはリクレーションセンターになっており、週末はバスフィッシングで賑わう。またダムの出口の川沿いに熊本からきたと言う北山窯がひっそりとある。やや土色がかった白い陶器が特徴の焼物である。5月連休に窯開きをする。
いわゆる福岡の奥座敷は二日市温泉だ。大宰府の近くであり、武蔵寺の藤を見た後大丸別荘に入ろうと思ったら、予約が無いと駄目と断られた。仕方が無いので公衆浴場の「御前湯」に入ったら近くと、思われるおじいさんや子供でいっぱいだった。完全に温泉が日常化している。
登らなかったが宝満山に登った後に二日市温泉に入れば最高であろう。
西新を東に飯塚方面にやはり40分も行くと久山温泉ホテルがある。温泉のデパートのような所であり手軽に温泉気分に浸れる。露天風呂はなかなか雄大であり、ちょっとしたものだ。また菖蒲のスチーム風呂はしっとりやわらかで安らぐ。天神の中央郵便局からバスも出ている。足を伸ばせば篠栗の八十八ヶ所巡りがあり南蔵院の誠に巨大な涅槃像は一見に値する。
西新を西に行くと前原を過ぎたあたりにまむし温泉がある。ここは日帰り専門の温泉センターであり、ちょっと小振りだが露天風呂もあり、手軽さでは一番だ。露天風呂に二三人の窯を埋めたような愛敬のある風呂がある。海が近いので魚の食事がうまい。会席は事前に予約する必要がある。糸島半島の観光と組み合わせれば面白いだろう。
11月14日 霧島連山 中岳
3ヶ月ぶりにホームページに向かう。その間年初に決めたあることを2つ集中的にやっていたのでお休みしていた。結果が楽しみだ。
取りあえず無事終わったのでまた少しずつホームページをやりたいと思う。
10月30日に福岡時代の友人と霧島連山の中岳に登った。前日福岡入りしたが何とダイエーホークスはもう優勝していた。今回はもしかしたらダイエーの優勝が現地で見れると思っていたのに。それにしても小生が福岡にいた時はあんなに弱かったダイエーが圧倒的に優勝するとは。
プロはみな紙一重と言うことなのだろうが中日になんとなく油断を感じた。
福岡は何所もかしこも便乗バーゲンをやっていた。しかし玉屋は閉店してたし近場に100円バスが走っていた。経済は何所も大変なのだろう。
地下鉄3号線はまだ工事中でシーホークの温泉もまだ出来てなかったが、来年はサミットなのでまた色々変わるだろう。
当日朝8時前に博多駅を車で出発した。都市高速が九州道につながったので高速に入るのは簡単になっていた。相変わらず九州道はスムースで途中買い物をして昼前に登山口の高千穂河原に到着した。天気は快晴でだったが紅葉はまだだった。前に登った高千穂峰がきれいに見えていた。目的の中岳は1332mで霧島連山の中では比較的楽なようだ。
登り始めは石畳の遊歩道がなだらかに続いた。また板で作った階段も有り、登山客が多いのだろうがこれでは登山靴は要らない。途中でつつじの道、紅葉の道などに別れたが時期が合えばつつじや紅葉がきれいなようだ。石畳と板の階段の道を上り切ると霧島の主峰である高千穂峰が右手一杯にきれいに見えてきた。富士山の上半分を左上から右下へ斜めにえぐったような形だ。大噴火で飛ばされたのだろう。
やがて前方になだらかなお供えもちのような中岳が見えてくる。最後の上りが熔岩混じりの急斜面である。ここまでは楽な道なのでこの急斜面は両手両足を使い一気に登ってみた。さすがに息が切れ足ががくがくしたが約15分で登れた。頂上はなだらかな平原で高千穂峰が美しい。昼は持参の弁当になんとモツ鍋にコーヒーと豪華なものだった。山でのモツ鍋はこの仲間の名物になりつつある。
計画では昼食後さらに新燃岳に登る予定だったが、時間が無く残念ながら戻ることになった。下りは足にこないように注意して降りたが問題なかった。天気にも恵まれ懐かしい仲間との一日は最高だった。夜は保養所で恒例のバーベキューを楽しんだ。小さいながら保養所の温泉も楽しんだ。翌日は高千穂牧場と東洋のナイヤガラ、曽木の滝を見物して福岡に戻った。
平成12年6月12日 三俣山
6月3日久重連山の三俣山に登ろうと九州の友人と九州道を走ったが、何と梅雨入りで雨。それでも登山口の長者原に行ってみたが雨は上がらず、その日は断念し由布山荘に向かい前夜祭となった。梅雨だから次の日も天気予報は危なかったが、くもり時々小雨で何とか登ることが出来た。それが左の山。この日は九重の山開きで沢山の登山者で朝から賑わっていた。
久重もこれで大船、久住、平治と今回で4回目。今回は少しゆっくり花を見てやろうと、地元の写真家藤田晴一の『久重山』を持っていった。あまり沢山はなかったが、見た花はミヤマキリシマ
、木に咲く小さなすずらんのような赤・白のドウダンツツジ、大ぶりなピンクのツクシシャクナゲ、なんともなんともかわいらしい豆粒のような白いマイヅルソウ、山のボケでやや橙色のクサボケ、そして右の写真。色は悪いが足元の草に可憐な淡い紅色の花をつけるイワカガミなどが見れた。まだまだ沢山あったが残念ながら確認する余裕が無かった。
山と友達と花。そして温泉、おいしい食べ物。今年は「うどんデスカイ」を山に持ってたら中々好評だった。この秋は黒岳の予定とか。今度は何を持ってこうかな。
10月21日 黒岳登山


黒岳頂上からの天狗岩 黒岳頂上付近の紅葉
平成13年6月2日ー6月4日 10回記念登山
福岡に住んでいた時の仲間と由布岳に登った。今回が一緒に登り始めてから
10回目ということで、
記念として最初に登った山にも一度登ることになった。その間登った山は久重連山の大船山、平治山、久住山、三俣山、黒岳、霧島連山の高千穂峰、韓国岳、中岳と錚々たるものである。
今回はミヤマキリシマをねらい、前回東峰に登ったので西峰からお鉢巡りをしようという計画である。由布岳は一名豊後富士と呼ばれ、頂上がらくだのこぶのように二つに分かれ特徴がある。
登り始めはなだらかな草原を行くようで、ここはなんとなくドレミの歌か、おおー牧場はみどりである。次いで自然林の中を森林浴をしながら進む。これを抜けると、眺めのよい道になり、由布院の町なんかが見え、南に飯盛ガ城と言う草山が見え、気分爽快。ちょっときつい登りを登ると東西の峰の分岐点のマタエに着く。右が東峰左が西嶺、正面は噴火口跡が口を開けている。これを左からぐるっと尾根伝いで一周しようと言うのである。
鎖なんかがあって中々本格的で、ベテランが3点登山を呼びかける。つまり両手両足の内3つは岩についてなくてはいけないと言うことだ。分岐点から西嶺の頂上までは岩場のわりにはすぐに着く。ここで昼食。前回「うどんですかい」だったので今回は「そばですかい」を寄付。
山登りの醍醐味は達成感とともにこの人間の力の及ばない大自然の中での食事。何を食べてもほんとにうまい。
これまではこれで下山と言うことだったが、今回はここからお鉢巡りと言うことで尾根伝いに下ったり登ったり。途中でこのあいだヒマラヤに行ってきたと言う2本の杖を持った年配者にあって、「ここは中々大変だよ」と言われながら巡った。
お鉢は火口湖になってなくうっそうとみどりで、ほんとならミヤマキリシマが鮮やかとのこと。また降った雨水は火口底より伏流となりはるばる別府湾に注ぎ、この水が城下がれいを育てるのではとヒマラヤおじさんが言っていた。
ミヤマキリシマはまだ早いのと虫のせいかあまりなかったが、その代わりイワカガミ(左)は群生しており初めて「舞鶴草」(右)を見た。これも山登りの楽しみの一つ。
しかし食後の切り立った尾根の昇り降りはきつく、女性軍の一人は気持ちが悪くなるほどだった。
東嶺から鶴見岳を見ると頂上が何やら赤くこれはきっとミヤマキリシマだと思い、翌日帰る途中ケーブルカーで登ってみたら、見事に満開だった。

またここから見るミヤマキリシマ越しの由布岳はもう2度と見れないだろうと思われるくらいに見事なものだった。また山頂付近にはドウダンツツジだのうつぎの花だのがそこここに咲き、まるで花公園のようだった。
大分空港へ行く途中城下町杵築で1時間のショートトリップをした。ちょっと忙しかったが小さな町だったので主な所はほぼ見れた。

杵築市は城下かれいで有名な日出町(ひじまち)の近くの国東半島の南の玄関口で、本当は木付氏の城下町だったのが江戸時代の将軍の朱印文に「杵築」と書かれたので地名が改められたとのこと。城主が交代し松平三万二千石まで約620年間城下町だったとのこと。
九州にはこんな由緒ある町や小京都がそこここにあることも魅力の一つだ。
11月18日 阿蘇根子岳
秋になり今年も九州の仲間が紅葉の阿蘇根子岳登山に誘ってくれた。前回はGWにかけ南韓国から天ヶ瀬温泉に抜けてみたが、今回はその逆で阿蘇からプサン・ウルサン・安東・ソウルと抜けることにした。「九州と韓国を股にかける旅」を国内感覚でする。今年は「韓国訪問の年」で来年はワールドカップで「日韓交流の年」だ。民間レベルの交流が日常感覚で出来れば、教科書も靖国も関係ない。
出発前にパソコンが突然言うことを聞かなくなった。WIN95のノートパソコンでWIN95をインストールし直さないとだめとのこと。その際ハードディスクのデータはバックアップしないとすべてなくなるとのこと。バックアップが面倒なことと、丁度良い機会なので不要なデータを強制的に整理するためバックアップは最小限にしてほかはみな捨てた。しかし今回のトラブルの原因がハードディスクの容量が元々1.6Gと少なく、4年前に買ったときと時代がまったく変わっているので、外付けの20Gのハードディスクをつけることにした。これで当分HDの容量は気にしなくてすむ。しかしせめてWIN98にアップグレードしようと思ったらもうそんなソフトはないとのこと。がまんして95をもう少し使おうと思い、メモリーだけはビッグカメラの残り一つの製品で64MBにできた。さらに今後のことを考えて旅行前にPDAバイザープラチナを買った。これは便利でちょっとしたメモをするのに今回の旅行にも役に立った。来年は新しいパソコンを買うか。
根子岳には10月27日に登った。博多駅をいつものように8時ちょっと前に出て、10時半頃より大戸屋根コースを登り始めた。きつくはないがだらだらした区切りのない登りの連続で結構息がつけなかった。下からはそれほど見えない紅葉が上にいくほど鮮やかになり、これまではつつじも紅葉もなかなか時期が当たらなかったが、今回は大当たりと大塚副隊長の鼻が高くなっていた。大田隊長は家族から離れる転勤を嫌い、あっさりと転職していた。山男らしく潔いものだ。天狗岳を望む根子岳東峰頂上でラーメンデスカイを食べた。これは恒例になりこれでウドン・ソバすべて終わった。機上で食べるよりはるかにうまい。JALも「山でデスカイ」と宣伝するべきだ。次回はカレーか。
頂上から見る下界の景色はとてもなだらかで隊長はまるで北海道みたいだと言っていた。下山してから公衆温泉のゆったりとした高森温泉館に行き、うたせ湯に当たったり温泉歩行をしたりして温泉を満喫した。宿では阿蘇に出来ていた「キムチ村」で買ったキムチで話の花を咲かせた。
翌日は仲間と別れ、トロッコ列車に乗ったり、ニコニコまんじゅうを食ったり、銀河高原ビールを飲んだり、やはり公衆温泉の白水温泉瑠璃につかったりして阿蘇を堪能した。福岡から釜山には今年の4月からJAL便は飛ばなくなったので、KAL便で行くことにした。それにしても安いフェリー船に押されて儲からないと言うことだろうが、歴史的にも地理的にもあらゆる面で日韓交流の最前線の路線を止めてしまうとはなんとも残念なことだ。時間調整もあり竹の倉温泉にもう1泊したがなかなか良かった。右の写真は翌朝散歩したときの朝霧のかかる雄大な阿蘇外輪山で、手前の5本杉が印象的で絵になっていた。安東河回村の静かな朝霧に煙る村の風景も良かったが、趣がまったく違う。日韓を股にかける旅行の醍醐味か。
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