たまる(荒木町、あんこう鍋・穴子料理)


冬場の店頭  夏場の店頭

木町の車力門通りから少し入った路地に、「たまる」はひっそりと佇んでいる。古くて小さな目立たない店だが、私にとって大事なお気に入りの店である。
 冬場には、店頭に
古びた紺暖簾がかかり「あんこう鍋」と大書した提灯がぶら下がる。夏場には、純白の暖簾と「あなご」の提灯となる。印象的なのは何といっても冬場で、深々と冷える夜闇に温かく燈る提灯には思わず引き込まれてしまう。
 店内は、カウンター4席程度と小上がり座敷に卓が2つ。かなり狭い。
 お父さんとお母さんが2人がかりで切り盛りしているので、メニューの選択肢は多くない。まずは突き出しをいただき、次に黒板に書かれた一品料理(10種類もない)から注文し、最後は鍋となる。日本酒は、白鷹しか置いていない。
 人手と空間に限界があるので、注文に対するレスポンスは良くない。むしろ雰囲気を読みつつ、あまり注文を集中させるのを避けたいところだ。
のんびり構えて鷹揚にやるのが良い店である。

き出しも一品料理も、量が少なくて実に上品。しかし、どれも丁寧に料理されており、すっきり冴えた怜悧な味は上々。
 私の定番は、平目の昆布締め、わけぎぬた、ナマコ酢など。ぬたにはアワビの薄切りを合わせていることが多い。焼物や揚物も美味しいが、私にとってはあくまで鍋の前座なので、軽い肴を1〜2品しか注文しないのが通例である。
 日本酒は、季節的に熱燗を飲むことが多い。白鷹は折り目の整った辛口で、肴はもちろんあんこう鍋にも良く合う。私はこの店で
白鷹の素晴らしさに目覚めた。

あんこう鍋

の店のメインは、もちろんあんこう鍋である。
 あらかじめ調理場で下ごしらえしてあり、すぐ食べられる状態で、客前のコンロに鍋が乗せられる。たっぷりの白菜とネギが鍋を覆っているが、その下にあんこうと豆腐が煮えている。極めてシンプルな構成だ。
 あんこう鍋は、味つけのバリエーションが豊富である。本場の茨城県沿海部では、肝を溶いて味噌で味つけした「どぶ汁」が多い。江戸時代から続く東京の老舗「いせ源」では、やや甘めの醤油味だ。そして、「たまる」のあんこう鍋は
醤油味、それも唐辛子を効かせた辛味仕立てである。これが実に白眉。
 ピリリと辛味を帯びた醤油味の鍋汁が、あんこうの味を見事に際立てている。ゼラチン質の多いあんこうは、しっかり煮込んだ方が美味しいが、煮つまって味が染みきった時にも、凝縮した味わいが出ている。
 あんこうは、正身以外にも肝・卵巣・皮・ヒレ等のあらゆる部位、いわゆる
七つ道具が入っており、様々な味わいが楽しめる。私は、むっちりブリブリとした皮目が好きで、おのずと黒い色を目指して鍋を探ることとなる。ゼラチン質の濃厚な旨味が実にたまらない。
 また、
白菜とネギの美味しさも特筆もの。白菜の甘みと鍋汁のピリ辛とのコンビネーションが絶妙である。
 鍋の最後には、
御飯を注文する。濃厚になった鍋汁を御飯にぶっかけて、熱々をシャバシャバとかき込む。これがまた最高。卵とじで雑炊などにしないところが良い。最近では、鍋汁を残さず飲み切る客も増えたため、御飯を注文すれば別に取りおいた鍋汁を注ぎ足してくれるようになった。

ールと酒をいくらか飲んで、一品料理を2品程度、そして鍋を御飯まで食べて、おおむね1人1万円程度といったところがお勘定の目処である。
 身体の芯まで温まって腹一杯。それで1万円前後で済むのであれば、コストパフォーマンスは上々だと思う。
 
真冬の幸せここにあり。寒い晩などには、思わず足が向いてしまうこと必定。わが心の名店である。

真冬の幸せここにあり


の店については、上記レポートで思いのたけを書き尽くした。訪問の都度ごとに追記するまでもないと思っていたのだが、ふと夏場の穴子料理について記述が足りないという気がした。
 冬場はあんこう鍋を食べに最低でも毎年1度は訪れているのだが、夏場の穴子料理はそれほどには食べに行っていない。ということで、とある夏に穴子料理を食べに訪れた際のレポートを追加したい。

夏場の店頭

内の壁には、いつもの黒板のほかに「穴子料理」と題した一枚紙が貼り出され、素焼き、すずめ焼き、照り焼き、素揚げ、穴ざく、柳川鍋、穴子めしと一連の穴子料理が並べて書かれている。好みで単品指定することもできるが、「一通り食べたい」と所望すると程よい加減で組み合わせて供してくれる。
 この時は、原則1人前を2人で分けて、穴ざくと穴子めしについては各自1人前を食べたらどうかとのご指南があり、それでお願いした。
 突き出しの冬瓜煮でビールを飲み、テンポよい間で出てくる穴子料理で燗酒を飲む。最初に書いてしまえば、穴子料理はどれも研ぎ澄まされており、実に美味しい。味は決して濃くないのだが、旬の穴子の引き締まったコクが立って強い味わいである。背筋が伸びるような毅然とした味覚だ。
 
素焼きは、すっきりとした味わいだが、程よく脂を含んだ穴子の肉感がストレートに感じられる。別に冷たい煮肝が添えられてきて、それがまたコクが深いだけでなく弾力があって美味しい。すずめ焼きは、さっとつけ焼き気味に、コンガリと褐色に仕上げられている。照り焼きは、しっかりタレに浸かり、より柔らかなウェット感がある。この焼物3種、素焼きには山葵、すずめ焼きには唐辛子、照り焼きには山椒を合わせており、なかなかに卓抜な展開であった。強いていえば、素焼きと煮肝がベスト。
 
素揚げは、塩は軽めに、酢橘を絞って食べる。穴子の質感がよく分かるが、若干淡泊かもしれない。穴ざくは、ワカメ・胡瓜と合わせた酢の物だが、炙って細かく切られた穴子が見た目以上に強い味と食感で、見事な存在感を放っている。柳川鍋は、小土鍋で出てくる。たっぷりの笹がき牛蒡と合わせて、玉子を落として三つ葉を添える。まあ間違いのない美味しさだが、これもあっさりとした味わい。
 最後の
穴子めしは、塗り椀で出てくる。タレが加わって味もしっかり付いている。戻し椎茸が少々目立ちすぎて、穴子よりも強くなってしまった感もあるが、十分に美味しい。添えられた漬物は、いつもどおり素晴らしい。

後には、濃い目に淹れた玄米茶が出てくる。しっかり熱いところが嬉しい。程よく満腹になってお勘定すると、1人1万円を少し欠ける程度。全くもって文句なし。冬場のあんこうに負けず劣らず、夏場の穴子料理の素晴らしさを改めて確認することができた。お見事としか言いようがない。

(2013/7/29)


提灯

こ数年、冬場が多忙で訪れられなかったので、とある土曜日に電話予約して2人で訪問。先客が2名いたが、すぐ退店したので貸切状態に。
 まずは、瓶ビールを飲んで
突き出しをいただく。毎年の定番・牡蠣の南蛮漬けは、絶妙に酸味を帯びて美味。添えられた蕗の薹が、舌を引き締めてこれまた素晴らしい。
 続いて、単品料理の定番2品を注文。
ひらめ昆布締めは、厚くてむっちりした食感と旨味が良い。丁寧に擂られた山葵が嬉しい。新たけのこ煮は、甘辛い味付けで、しゃっきりとした清新さとのコントラストが良い。筍と木の芽の香りが実に印象的。
 この時点で、酒はすでに熱燗に切り替わっている。

突き出し

ひらめ昆布締め  新たけのこ煮

 空いていたので、店主ご夫妻とゆっくり話ができた。
 店主が言うには、「日曜も営業している」「あなご刺身を出す」といった不正確情報を基にした予約や問い合わせが多くて困っているらしい。あわてて確認すると、このページでも開店時間が少し古いデータになっていた(汗)。
 強いて言いわけをすれば、ガイドブックではなく私的な訪問レポートなので、古い情報も含まれる(閉店した店のレポートもそのまま載せている)。そのため最終訪問日を記載しているので、営業データはあくまで参考情報として見ていただきたい。とは言いつつも、今後いっそう気をつけたいと思う。
 そんなことを話しつつ酒を飲んでいたら、鍋までの合間にといって、
鮟肝の味噌漬けをサービスで出してくれた。漬けて1週間のもので、まだ薄くてあっさりした味わい。それでも十分に酒が進む。もっと長く漬ければより美味しくなるらしい。

あんこう鍋  食べ進んだ後

よいよ真打ちのあんこう鍋が登場。
 白菜と葱が鍋上面を覆っており、その下に豆腐と椎茸、あんこうの各部位が隠れている。
 食べ進んでいくに従い、皮やヒレなどの黒い部位が姿を現す。いずれもコラーゲンたっぷりで旨味が豊富。クニクニと弾力のある胃、たっぷり濃厚な肝、淡白でホクホクした正肉など、深いコクのある味わいがピリ辛の鍋汁で見事に引き出されている。美味しい。

御飯とお新香  汁かけ御飯

 最後に登場するのは白御飯。そしてお新香。
 白御飯には鍋汁をかけて、
汁かけ御飯に仕立てる。これはもう言うことのない美味しさだ。寒い冬にも、それならばこその幸せがある。
 
お新香がまた美味しい。酒に合うのはもちろん、最後に淹れてくれる玄米茶の受けにも最高である。これまた感動的。

主は「我が道をいく」境地の人である。
 よく、飲食店とコミュニケーションを交わし、自らの個人的な意志や意図を店又は料理に反映させることをステイタスと考えているような人を散見する。勿論それも決して悪くはないのだが、この店はそういう店ではない。後継者もなく(だと思う)、いつまで営業が続くのかも分からないのだ。ただひたすらに、
店主ご夫妻の味を大切に味わうべき店。私はそのように考えている。

(2015/2/7)


荒木町の路地  煌々と光る提灯

た冬が来て、たまるを訪れる。
 ご主人夫妻もまだまだお元気そうで安心した。しかし、こうした個人料理屋は未来永劫続くわけでないので、その時々が一期一会である。

昆布締め

鍋  美味しそう

 いつもと全く同じく、突き出しの牡蠣南蛮漬け、一品料理のひらめ昆布締め、新たけのこ煮と食べてから、あんこう鍋へと進む。飲むものは、ビールの後、白鷹の熱燗。これもまた変わりなし。
 昆布締めはネッチリ詰んで、土佐醤油と山葵で旨味がまた引き立つ。新たけのこは、甘辛いタレを薄く纏っているが、何よりもカリッ、シャキッとした歯応えが絶品。
 
あんこう鍋は、白菜と葱、椎茸と焼豆腐、そしてあんこうの七つ道具がタップリ。ピリ辛醤油味が素晴らしく、文句のつけようがない美味。

締めのご飯

 最後は、濃厚な鍋汁を白飯にぶっかけて仕上げる。これがまた最高の美味しさ。漬け物も鮮烈で上々。
 本当に、十年一日、何も変わらないパターン。それが大切で尊いと思う。
 もう20年以上通っているこの店は、あとどれだけ存続できるのだろうか。永続してほしいと心から思い、そしてそれは叶わないと分かってもいる
愛すべき佳店である。主人ご夫妻に感謝。


「たまる」
東京都新宿区荒木町7
03-3357-8820
18:00-22:00(?)、日休
開店時間を更新した(御主人に確認)。
最終訪問日 2017/3/15