京味(新橋、割烹)


店の誉れ高い「京味」は、その名のとおり、京料理を基本とする店である。選び抜かれた京野菜や魚介を駆使した料理は、客を唸らせずにはおかない。私は、かねてから訪れてみたいと念願していたのだが、おまかせ35000円からという高級店である。一般庶民には手が出ないうちに、ただ歳月ばかりが過ぎていった。
 しかしある年、私は宝くじで10万円当選!という幸運に恵まれた。そこで腕組みをして、その最も有意義な使用方法は何であろうかと思い悩んだすえ、それは憧れの「京味」で食事をすることだ!との結論に達したのである。それから雌伏1年近く、夏から秋へと移りゆくタイミングをとらえて、ついに「京味」に挑戦することとなった。

約の電話を入れたところ、若いお兄さんが、改めてこちらの名前を聞き、続いて会社名を尋ねてきた。「ん?」と思いつつ、「個人ですが」と答えた。すると一瞬の間を置いて、「当店をご利用されたことはありますか?」と聞くので、「初めてです」と答える。さらに、「失礼ですが当店のことはご存じですね」と言うので、「はあ一応」と答えた。
 続いて、おまかせ料理のみで3万5千円から4万円だという価格の説明を受け、「はい結構です」と応酬しつつ、内心では「馬鹿にしているのか」などと短気に思ってしまった。さらには、「社用相手の商売をしていることがそんなに偉いのか」とも思った。さらにさらに、「自腹でなく、会社の金で偉そうに飲み食いしている連中は生きている価値がない!死ね!」とまで思ってしまった。
 しかしまあ、店の側としては親切に念押ししてくれている訳なのだ。少し引っかかったが気にしないことにして、土曜日の夕方、カウンター席で食事する段取りが成立した。

京味の店構えて当日、店の前をウロウロしているオジさんがいたのでよく見ると、写真で見たことのある「京味」のご主人、西氏であった。「こんばんは」と声をかけて暖簾をくぐったら、「いらっしゃい」と言った(当たり前か?)。飄々とした雰囲気の人であった。
 檜づくりのカウンターの前に掛けると、すかさずおしぼりが出てくる。飲み物にビールを注文すると、「何かお好みは」と聞くので「キリン」と答える。「キリンでは何が」と問うので「では一番絞りを」と返す。う〜む、社用的だなぁ。
 すぐに料理は始まり、先付けからサッと出てくる。以後、まさに客の様子を見つつ、絶妙のタイミングで料理を出してくる。その呼吸は見事であった。
 料理の数々を列挙すると、以下のとおりである。名前は適当、内容も正確でなく、順番も違うかもしれないが、まあ、あくまでイメージとしてあげておきたい。
○先付け3種盛り (スダチ釜に入った和え物、梅酢生姜薄切りの手鞠寿司、ハモの煮肝)
○山芋とろろ合わせ汁 (とろろと出汁を合わせたものに、貝・茸らしき?細かい具が入っている。冷やしてグラスに入れて出す。)
○鱧造り2種 (皮目を焼いて氷で冷やした焼霜はワサビ醤油で、湯引きは梅肉タレで食べる。前者は、鱧の旨味が直接味わえて素晴らしい。後者は、しっとりと優しいが、これまで食べてきたハモの落としとは別物。濃厚でかつきめ細かな旨味が感動的である。また、骨切りした鱧を湯に通す時に、まさに花開くようにフワーッと膨らんでくるのは、美しくも見事なさまであった。)
○芋茎の煮物 (柔らかくて、ホッと安まる味。冷やしているのだが、芋茎の繊維がほとんど口にかからないのは驚き。見栄えのする料理より、こういう一品に実力が出る。)
○松茸と青菜の煮浸し (酒と醤油で煮浸したものと思われる。強烈な香りでしっとりとした食感の松茸と、青菜の組み合わせが見事。)
○造り2種 (鯛とトリ貝。ともに言うことのない逸品。感想はシンプルだが、実はかなり感銘を受けた。)
○揚げ松茸と炒り銀杏 (松茸は中が柔らかくて、初めて体験する食感。味と香りは今ひとつ。銀杏は、早ものにしてはふっくらと太っている。)
○ゴボウの穴子巻き (細切りしたゴボウをまとめてパリッと焼けた穴子で巻く。先の芋茎と同じく、歯が障るところのないゴボウの食感と味が、普通の店ではどうしても到達できない境地だ。「神は細部に宿る」という言葉を想起させる。)
○京野菜の炊き合わせ (小芋が実に可憐で美味しい。)
○鱧松茸鍋 (かねて憧れていた一品。一人ずつ炭火コンロを配置し、だしを張った小さな土鍋に薄切りした松茸と三つ葉を入れ、軽く火を入れた状態でセット完了。鱧の薄切りが小皿に並べられて登場。一切ずつ箸にもち、鍋の中でしゃぶしゃぶとする。ややレアの状態のまま引き上げて、ポン酢で食べる。う〜む、美味い!玄妙な旨味という言葉を初めて実感した。また、ポン酢ではなく、お猪口状の小椀に鱧と松茸を少々と鍋汁を入れ、スダチを絞って味わう。「だしの味をそのまま味わってください。」と西氏が言う。私は土瓶蒸しが好きなのだが、これもまさに極上の出汁が堪能できる。喉がふるえるような美味だ。途中で、牡丹鱧の形で2切れ鍋に追加してくれる。でも私は、薄切りの方が美味しく感じた。)
○鮎の塩焼き (小ぶりの鮎が2尾ずつ。)
○鮭御飯と香物 (焼いている時から気になっていた鮭は、実に美味しかった。パリッと焼いた皮も、細切りになって入っている。)
○葛きり黒蜜かけ (締めの甘もの。黒蜜は上品な甘さだが、それでも私にはつらかった。)
 以上の料理のうち、印象に残ったものをあげろと言われれば、「鱧造り」、「芋茎煮物」、「造り2種」、「鱧松茸鍋」であろうか。時期の狙いはピッタリで、予想どおり、
鱧と松茸の組み合わせを堪能することができた
 酒は、ビール(大瓶)2本と、冷酒(大吟醸)が1.5合くらい入るのを3本飲んだ。冷酒は、特に銘柄は聞かなかったが、料理を損なわないスッキリとした飲み口で美味しかった。

足ながら、料理以外の感想を少し書くと、狭いカウンターの中には、西氏以下10人の料理人がひしめいていた。カウンターに座る客が10人だから、まさに主客1対1のがっぷり四つ状態なのだ。そういうものだということは知っていたが、いやはや驚いた。きっと他の店から修行に来ているのだろう。
 西氏は、ひっきりなしにしゃべり続けて、特に常連さんと思しき客とは、かなり親しげに話していた。時には、板長らしきお兄さんも、客と親しげな会話を交わしていた。妻は、「カウンター割烹っていうのは、料理人とのやり取りが醍醐味だと言うけれど、他の人の会話を聞いていると、何だか違う世界の人たちみたいだった・・・」と感想を漏らした。
 まあ、確かにそんな感じではあったが、私のはそんな可愛らしい感想ではない。クラブじゃないのだから、社交話だけではなく、積極的に料理の説明などしたらどうだろうか・・・と思った。もっとも、そうは言いながら、西氏はカウンター内に鋭い視線を光らせ、厳しい表情で直接料理に手を下したり、若手を指導したりしていた。さすがである。
 一方で、実はこれからが本題なのだが、こういう店の客、特に「常連さん」というのは、いったいどういう種類の人間なのであろうか。店にとってはそういう客が上客であろうし、それは理解するのだが、自腹を切らずに美味いものを食べている
社用族というのは本当に許せないと思う。不況だなんだと言いながら、そうした連中は絶対にいなくならないのである。今この瞬間にも、京味のカウンターで美味いものを食べている奴がいるかと思うと、怒りがフツフツとこみ上げてくるのだ。(←要するにウラヤマシイ?)

勘定は、しめて7万9千円弱。お酒を飲んでいた割には、思ったほど額がいかずホッとした。
 総じて、客側の問題について色々と思うところはあるが、純粋に料理の内容でみれば、
かつて味わったことのない素晴らしいものであった。季節感あふれる日本の食材、華のある味覚を十分に堪能することができた。値段は、やっぱり安いとは言えないであろう。また早々に再訪できるかといえば、甚だ疑問ではある。しかし、一度は訪れてみたかった店なので、今回はとても満足である。
 店を出て、もらった領収書等をカバンにしまおうと思い、路上のベンチに腰を下ろしてあれやこれやしていると、1人のオジさんが自転車で通りすがりざまに「どうもぉ、ありがとうさんでしたぁ」と声をかけていった。よく見ると、それは西氏であった。本当に、飄々とした雰囲気と、時折見せる峻厳な表情との落差が印象的な人であった。


「京味」
東京都港区新橋3-3-5
03-3591-3344

11:30-14:00,17:00-22:00、日祝休
店内はカウンター10席。2階に座敷あり。
最終訪問日 2000/8/26