SSAWS探訪記(最終回)
2002年9月7日(土)

2002年7月12日(土)
いよいよ探訪記も最終回となってしまいました。バックナンバーにあるように、最後に行ったのは一昨年(2000年)の11月。1年8カ月ぶりとなります。7時に浦和を出て、新井宿から首都高へ。土曜の朝にしてはかなり混んでいて、足立入谷で故障車による渋滞。その後平井大橋までは断続的に渋滞。これじゃあ平日とかわんないじゃん。
というわけで着いたのは9時30分くらい。さーて、チケット買おうかと思うと・・・。「ない!!」そう、チケットカウンターが、ないんです。まあ実はHPチェックしてるから知らないことはないんだけど、百聞は一見に如かずというか、実際見てみるとちょっと違和感ありますね。もっと驚いたのは建物の入り口にあったゲートがなくなったこと。まあチケットが紙になっちゃってますから、これも当然と言えば当然なんだけど、まあいいか。
今日は久々の登場あの「覆面デモ」のS氏と、同じクラブのSさんです。別にかくさんでもいいのだが、出しちゃうとおもしろくないので隠してみました。知ってる人は予想してみてください。そうです、あの人です。
10時15分から滑り始めました。あ、ちなみに、ゲレンデは変わってません。今日は久々にショートスキーで滑りました。ショートカービングの浸透によりどんどん板の長さが短くなっているので、どこからがショートスキーなのか分かりませんが、123CMだったらショートスキーで、いいですよね??これにしたのはゲレンデが混んでると予想したからなのですが、やっぱり混んでました。リフト待ちは5分くらい。だから土日にしてはすいているとも言えるのですが、まあ平日のガラガラ(=快適)具合を一度経験しちゃうとねえ。
ちなみに覆面のS氏はサロモン履いた事ない(今時珍しいねえ)とのことで、3Vの160CMを、Sさん(ややこしいなあ)は屈腱炎、じゃないけど故障明けなのでロシの中級者モデルの150CMを借りて滑ってました。
Sさんの方は途中から別に滑っていたのでよくわからんのですが、覆面氏に関して言えばマリオ・マット(分か
らない人はここを見よう)のようであった。てっきり私はマリオが来日してるんじゃないかと思っちゃいましたよ。肩治ったのか??(※)
私の方はと言うと、前半はイエローコースを滑ってました。最初はショートスキー特有のバランスのシビアさが出て、トップがふるふる震えてました(つまり後傾)が、だんだん慣れてきました。ただ大回りだと左ターンが横に押し出してしまっているようなのと、小回りだと右ターンで左腰が回ってしまうのが気になりました。
お昼頃にレストランで休憩。ここもいわゆるゲレ食並の値段とクォリティを提供してたのですが、ちょっと値段が下がりましたね。1000円でおなか一杯になるようになったから。
13時頃からまた滑り始めましたが、イエローコースが混んできたので、レッドコースを滑ってみました。覆面氏は八海山フリークなので、コブが得意。「調子が悪い」といいながら彼は他の人が苦労しているコブ斜面をすいすいと降りていきました。私は附田雄剛がSSAWSに練習しに来てるじゃないかと思っちゃいましたよ。
そんなわけで、14時30分くらいまで滑って帰りました。帰りは首都高も快適だなと思ったら、川口線がなんと事故で通行止め。しょうがないから三郷線で帰りました。
そういうわけで最後のSSAWSになったわけですが、このあとどうするんでしょうねえ。10月になったら壊すんだろうけど、これ作るのも大変だったろうけど、壊すのも大変だよ。「110億(本人より訂正あり)はかかる」とは覆面デモS氏の弁(彼は一級建築士でもある)。
まあ私も以前はしょっちゅう行ってたわけで、そういう意味ではさんざんお世話になった訳ですが、前からずーっと思っていたのですが、結局のところ「だれの方を向いて商売してるかわからない」んですよね。SSAWSがなくなると困る人達が少ないけど確実にいるわけです。メーカーの人は試乗会の機会が減ってしまうし、デモも含めたスキー教師の人達もしかり。そして何よりも夏にも練習したい人たち(スキー、スノーボードともに)がいるわけです。
そういう人たちを大事にするのか、それともスキーやスノーボードをしたことがない人たちに体験してもらって、おもしろさを理解してもらってまた来てもらうのか。私がよく行ってたた頃(2000年頃)はどちらかというと後者の方だったような気がします。「手ぶらでスキー」ができるように、ウェアからなにからすべてタダ、滑走料だけというのは結構好評だったようで、夏休みの時期には高校生などでにぎわっていたような気がします。ただ彼らがリピーターとならなかったのは時代の流れなのか、アイデア不足だったのか。
その一方でSSAWS通いしていた人にはあまり快適ではなくなってました。理由はいろいろありますが、私は最大の原因はカービングスキーの登場だと考えてます。カービングスキーによってある程度滑れればスピードが出せてしまうし、大回りもできてしまう。そうなるとレッドコースの平均速度は急速に上がります。滑走者が少なければ大丈夫ですが、多ければ当然危険になってきます。それには幅がなさ過ぎるのです。かの覆面氏も「もうちょっと幅があればな・・・。」と言ってました。
そうなると入場者数を制限しなければと言う話になるのですが、私の記憶する限り、どんなに混んでも私が行くようになってから(1998年頃からは)入場者制限はしていないはずです。少なくても私が行ったときはしてませんでした。お盆休みとか、ゲレンデが黒く見えるときでもしてませんでした。おそらく「せっかくお金になるのに入れないようにすることはない」と言うことなのでしょうが、安全な滑走状況を提供することもサービスの1つだと思います。
最終的に私が行くのをやめた理由は、「危険だから。」ここでけがをしてシーズン棒に振ることもない、トレーニングは他でやった方がいい、と考えたからです。個人的に思うのは、「狭いけど常に安全」な環境を提供できていれば、安定した入場者数を確保できたと思います。でもまあ、それ以上にコストがかかるんだとすれば、閉鎖は必然だったのでしょう。
