平成11年5月1日のウオーキング


(拡大と記載した写真は拡大写真へリンクしています。

今日は、JR中央線の南木曾駅から中山道を、妻籠宿〜馬籠宿〜落合宿を通おり中津川駅まで歩いて
きました。
去年の11月に歩いてきたコースです。その時はもう一駅足を伸ばし美乃坂本駅まで歩いたのですが、
今日は中津川までにしました。
去年の秋、行った時、もう一度、冬に雪の降った後訪れたいと思っていましたが、チャンスがありません
でした。
それで、今日になった訳です。
名古屋方面からは、中津川までは割合、電車の便も悪くはないのですが、その向こうは極端に電車の
本数が少なくなります。使えそうな電車は2本しかありません。
その内の早い方で行きました。
朝、6時半過ぎに家を出て、愛知環状鉄道、JR中央線を乗り継いで、8時半頃南木曾駅に着きました。
去年の秋の時と大違いで、ハイカーらしき人は殆どいません。
その時、駅の観光案内所で案内地図をもらい、役に立ったので、もう一枚もらっておこうと思って、
案内所に寄りましたが、今日は土曜日であるせいか、閉まっていました。
念のためと思って前の地図を持ってきておいたのが、役に立ちました。
やはり、観光案内所に寄っていた中年女性一人に「今日はどこまで歩くのか」と聞くと「中津川まで
歩く」とのこと。女性も男性顔負けのがんばる方が多いようですね。


南木曾駅前
今日は閑散としている
タクシーも利用客が全くいない

バスが連絡していて、妻籠経由で馬籠まで
行っている。


8時35分、歩き出す。
今日は少し風があるが、丁度それが心地よいくらいだ。
さわやかな天気で、絶好のハイキング日和である。
ハイキングコースになっているせいもあり、ここの中山道は案内標識が多く、道については全く不安が
ない。


この辺りの家で中山道の面した家は皆綺麗に
よく手入れされている。
これも表を通る観光客やハイカーを意識しておられる
のでしょう。
道の反対側に石を配して水を通し、小さな池を
造っている家が多いようである。
家の庭の中を中山道が通っている感じである。



八重桜が残っていた。やはりこの辺は高地にあるため、桜も
少し遅いのか。今日、明日のハイカーの目を楽しませてくれる。

案内地図によれば、因みに、南木曾駅で標高437メートルと
ある。



途中で撮した竹林


南木曾駅から妻籠宿まえ3.8kmである。1時間弱でついた。
途中、看板があって、妻籠宿の建物の復元保存事業の説明があった。
妻籠宿は、宿場としての機能を失い、明治以降衰退の一途を辿っていたが、昭和40年代より、
歴史的町並み保存事業は始まり、昔の景観を蘇らせたものである。
だから、勿論江戸時代の建物、町並みがそのまま残っているわけではない。
江戸時代風に造ってあるということでしょう。

(拡大写真あり)


妻籠宿

一般車両は通行禁止であるが、自分ところの
車か、業者の車が停まっていた。

全く目障りである。
ここを訪れる人のことを考えれば、こんな所に
車を絶対に停めないで欲しい。



(拡大写真あり)

妻籠宿本陣

本陣を復元したもの。
入場料が要るので、中へは入らなかった。

復元された建物は、民宿、お土産や、蕎麦や、お菓子処(この辺りのお菓子や)
甘味処となっている和風喫茶などになっている。

(拡大写真あり)

今週のトップページの写真とダブルが、トップページの写真は毎週取り替えるので、それを
保存しておくため、明細ページにも初めから入れておくことにした。

ここが妻籠宿のハイライトだろう。
写真を撮っている人が多い。三脚を据え付けて写真を撮っている人もいる。
ただ、人通りも多いので、人が写らないようにはできない。
余談だが、この前、新聞で「街道を旅する」とかいう写真集の広告を見たが、その時の
トップになったいたのが、この場所の写真だった。その写真は雪の残っている時の写真で
また、よっぽど早朝に撮ったものか、人っ子一人写っていなかった。人は一人も写っていない
というのも異常な感じがするが、いずれにしても、いかにも中山道という写真であった。
私も、その場所の写真を撮りたいと思っていたので、とにかく撮ってみたものが上記である。

とにかく観光客が多いから、写真にはどうしても人が写らないという訳にいかない。
私が腹にすえかねるのは、車である。
先ほどにも書いたが、それ以外にも、妻籠宿の中心からややはずれて、駐車場方面に向かった所に
人の通りが途絶えて写真に撮れる所があったが、残念なことに、その家の車がそれもRV車や
軽トラックが置いてある。
ここを訪れる観光客の神経を逆撫でするような住民の無神経ぶりに腹が立った。
車を置くなら、裏へでも、とにかく目に付かない所に置くくらいの配慮をするのが、観光しか産業の無い
場所に生きる者の知恵ではないかと思った。
こんな所へ二度とくるかと、早々に立ち去った。

妻籠宿から馬籠宿へは馬籠峠という峠(標高801メートル)を越える必要があるが、いいウオーキングの
道です。いかにも中山道という感じの気持ちのいい道です。比較的ゆっくりした登りですので、そんなに
きついという感じはしない。峠のすぐ手前の所は、さすがちょっときついなと思いますが。


途中の杉並木


立場茶屋跡
休憩所がある(真ん中にある建物)。

かない古い感じの建物で、江戸時代のものか
それを復元したものかもしれない。
その中へ入ってお茶を飲んだりできるように
なっている。
中山道でこういう休憩所が一般に使えるように
公開されているのは珍しい。


馬籠峠頂上にて。
写真を撮っていたら、夫婦連れの人にカメラを
渡されて写真を撮ってくれと頼まれて、写真を
撮ってあげた。写真の種類はよく知らないが、
普通のAFカメラだったと思う。
代わりに私のデジカメで写真を撮ってもらった。

すぐ横には茶屋がある。
ここは車の道と中山道が一緒になっている。
車できた人もここで停めて写真を撮ったりして
いるし、馬籠宿からこの峠まで歩いてくる人も
多いようである。


馬籠峠から馬籠宿にかけては、かなり急な下り一方の道である。
従って、馬籠宿からの峠にかけては、そうとうきつい登りである。
一汗も二汗もかくことになる。


そんな坂を下りてきた所である。


午前11時過ぎ、馬籠宿の手前1kmくらいところにある休憩所で初めて休憩した。
バナナ1本とチョコレート一切れを食べ、お茶を飲む。
風が気持ちいい。


11時半頃、馬籠宿着。
相変わらず、すごい人だ。観光客で一杯である。名古屋の栄、矢場町くらいの人の出である。
馬籠昔風の建物にしてあるが、妻籠宿のように統一してある訳ではない。
新しい建物もあり、まちまちだある。
妻籠のようにしなくても、観光客は勝手にやってくるという気があるのであろう。
無茶苦茶大きい土産物もある。
店は、妻籠と同様、民宿、蕎麦屋、土産物屋、和風喫茶などである。

馬籠といって、なにがあるかというと、結局藤村記念館くらいだろう。
それでも観光客が押し寄せるというのも不思議なものである。
一度、くれば十分ということである。
もう一度きてみたいという要素は全くといっていいほどないと思う。


馬籠宿は坂そのものである。
坂の両側に店、宿屋が並んでいるというところ
である。


昼が近くなり、朝も早かったので、蕎麦やへ入って、ビールを飲んで、信州蕎麦でも食べたいところだが、
ここでビールを飲むと、中津川まで後10km近くが歩けなくなるので、我慢する。
去年の秋、ここへきた時と同様、おやきというお菓子を買って食べた(200円)。
よもぎに餡が入ったものである。

見るもなく、写真に撮るようなものもないので、早々に立ち去る。


これより北、木曽路という島崎藤村が揮毫したという
碑。
ここが長野県(信州)と岐阜県(美濃)の国境に
なっている。


落合の石畳

石畳が延々と2km位続く。
これだけの石畳は、箱根とここだけだそうである。

そのうち、とびとびに4〜5カ所に分かれて
70メートルくらいが当時のものなのか、
岐阜県の史跡として指定を受けている。


落合の本陣跡

建物のかなりの部分が当時のものが残って
いるそうである。

町並みも、宿場町を彷彿させるものがある。


落合宿から中津川へ向かう途中の与坂という坂。
きつい坂である。
今日のウオーキングも20kmを超えて、今更こんなきつい
登りは堪忍してくれと音を上げるような坂で、それを越えると
また、下りが急である。

この与坂を登り降りが済んだと思ったら、また同じように
かなりきつい登り降りがあった。しかも道が急カーブして
いるので、車でもこの坂は大変である。
途中の車のすれ違いなどは、神経を使う所だ。
冬、雪の時や凍結した時は運転はできないのではないかと
思った。

どちらにしても、中山道を中津川から妻籠宿へ向かった
当時の旅人は、きつい上り下りで大変な難所だったのでは
ないかと思った次第。



もうすぐ、中津川駅という所で、大変な三人連れに
会った。
写真の真ん中のナップザックを背負っている人達。

ゼッケンを付けて、ものものしい恰好なので
どこまで行くのですかと聞くと
「京都から東京まで7日で歩く」という。
びっくりして聞き直したくらいである。
今日は三日目だとか。
もっと話を聞きたかったが、急いでいる様子で、
えらく緊張して、ひきつるような感じであるので、
それ以上はなしを聞けなかった。
初めに会った人にそこまで話をした時、後の二人が
きて、3人連れになった。
「後、遅れているのが四〜五人きますよ」と云って

いたので、後続組に話を聞こうと思っていたが、かなり遅れてきているのか、中津川駅に着くまでには
会えなかった。
中山道を一週間で歩くとすれば、これは超大変である。
この時は坂道だったので歩いていたが、歩いていたのでは無理でしょう。走れる所は走るのかも
しれない。
中山道は135里である。540kmである。これを7日で割ると一日当たり77km、朝早く出て一日12時間
歩くとして、途中休憩もするだろうから1時間当たり7kmは歩かねばならない。
これは大変だ。コンスタントには時間7kmは歩けないのではないかと思う。
今日が三日目ということは4月29日の休日から歩き始めて5月5日まで1週間で東京まで歩こうという
予定でしょう。
中津川は京都から180kmくらいではないかと思うが、三日目の1時過ぎの時間帯では、このペースでは
すこし当初の予定より遅れているのではないかと思った。

いずれにしても大変な人がいるものだ。

ウオーキングをしていると、こういう風に、とんどもないという人に会うことがあるのが、一つの楽しみである。


中津川駅に近い新町通りという、かっての中心街。

全くといっていいほど、人通りがない。
この当たりの商店街に買い物客がいない。

この近くにあったユニーがなくなり、すこし遠くの
アピタに店舗変更したため、更に人の流れが
変わったと、近くにいた高齢の女性が話していた。



中津川駅に13時35分着、丁度5時間、23.1km.

5時間を予定していたが、予定どおりでした。

以上