平成14年4月27日
JR東海道本線・草津駅〜旧中山道〜守山宿〜武佐宿〜近江鉄道・五箇荘駅(28.6km)
今日は久しぶりに旧中山道を歩くことにして、家を7時過ぎに出た。事前に調べておいて電車の時間が
変わっていたのか、名古屋駅へ着いたら、米原行きの快速が発車した後だった。しかたがないから
大垣まで行って、米原行きを待つ。計画より30分遅れてしまった。
10時にスタートのはずが、歩き出したのは10時半である。「カシミール3D」で昨晩調べたところ、
今日のコースは28kmくらいである。途中多少休憩し、写真を撮りながら歩くとなると、6時間は
覚悟しなければならない。五箇荘駅の時刻表は4時半くらに電車があるので、それに乗りたい。
それを逃すと30分遅れることになる。
だからあまりなるべく速く歩くことにする。
草津市内の旧中山道
草津駅を出て、旧中山道に入ると、旧街道
らしく、所々古い家並みが並んでいる。嬉しく
なって歩きながら写真を撮る
草津線、東海道線の高架をくぐって、旧道は北東へ一本道である。県道大津能登川長浜線という
名前がついているようである。
ご他聞にもれず、車のよく通る道である。今日は土曜日だから日曜日に比べると車の通行も
多いのだろう。また狭い道で2台の車はすれ違いも一方の車が待っていないとまとめもすれ違え
ないくらいである。
小公園でリュックを下ろし、長袖のシャツを脱ぎ、リュックに入れる。
これから、今日の歩く姿は半袖のTシャツ一枚、サングラス、つばの大きい帽子(つばは後ろにも
出ている)、さらにハンカチを広げて帽子の後ろに突っ込んで首筋に直射日光を避けるという格好で
ある。
歩き出してしばらくして、栗東市綣(へそ)という場所に出る。珍しい名前である。
道横の小公園に芭蕉の句碑があった。
「へそむらの まだ麦青し 春のくれ」とある。句碑そのものは字が読めないが、横に教育委員会の
新しい案内板があった。
このあたり古い家並みが残っており、歩いていて嬉しいところである。旧東海道をの桑名〜四日市を
歩いたときの感じとにていると思った。
守山市今宿というところへ着く。今宿というのも守山宿の地名と関係ある名前だと思う。
今宿地内の町並み
この街道沿いには結構たくさん
昔の家並みが残っている。
勿論住まいあるいは店となっている。
街道筋には自転車屋さんとか雑貨屋さんが昔ながらの店で営業されているのを見受けた。
どこの村や町でも会った店であろう。ずいぶん昔からここで商売されておられることと思う。
守山宿入口に11時半過ぎに着く。
高札場跡という表示はあったが、その他
特に目に付いたものはなかった。
本陣跡もあったかもしれないが、気が付か
なかった
特に宿場としても面影はない。
守山宿を出てしばらくして野洲川にかかる野洲川橋を渡る。
野洲川橋
ずいぶん長い橋で1kmはないだろうが、
数百メートルある。
このあたりの川は天井川が多いが、この川に
は水が流れている。長い橋の真ん中にちょ
っと水が流れているが、それも流れている
のか、水が貯まっているだけなのか、
はっきりしないような状態である。
自転車に乗った人には数人すれ違った。
野洲川を越えたところが野洲町である。
野洲町に入って東海道本線の高架をくぐると野洲本町商店街である。
野洲本町商店街の造り酒屋
商店街と行っても店が集中的に並んで
いる訳ではない。半分店、半分が住宅の
通りである。
その一軒に古そうな店があったので、写真を
撮ろうとしたら軽四輪が表に止まった。
邪魔だなと思ったら、その運転手が
「前へ出そうか」と言われたので、「お願いし
ます」というと気軽に写真の邪魔にならない
ようにずらしてくれた
。
「酒屋さんですか」と聞くと
「造り酒屋です」と言われた。「玉の春」という看板が掛かっていたから、そういう銘柄の酒を造って
いるとみえる。
守山宿よりこの野洲の方が古い家並みが残っており、街道としても風情があると思った。
そこそこ家の密集している所を通り過ぎ、新幹線の高架を通り過ぎ、また昔の田舎の部落の
道を歩く。
古墳を保存して記念公園になっていたので、そこでトイレを借り、係員の人にすこしここの
古墳の話を聞く。6世紀の古墳ということであった。
時間も1時になったので、辻町というところの公民館の前で休憩し、持参したバナナ一本を食べる。
これが今日の昼飯である。
今日はまだ気温が上がっていないので、バナナもなんとか原形を留めていた。
歩き出したところに天井川をくぐるトンネルがあった。
何とか隧道という名が付いており、大正初めの年号も入っていた。
旧東海道を歩いていたもそうだったが、近江平野というところは天井川の多いところである。
トンネルを通り過ぎると国道8号線である。ここから数キロ国道を歩くことになる。
国道8号線
国道8号線と言っても片側1車線の道である。
また歩道は辛うじて人一人歩けるだけの幅
である。
車は大型トラックをはじめ、ひっきりなしに
車が通る。道沿いに古い家、土蔵も並んで
いる。このあたりが東海道、国道1号線と
違うところか。
国道8号線を歩いていると、533kmという標識があった。533kmというのはどういう意味か。
8号線はどこからどこまで通っているのか知らないが、この数字から見れば東京・日本橋を起点と
しているのではないかと思う。
旧中山道は国道8号線とオーバーラップしているが、所々で旧道に分岐してしばらく行くとまた
8号線に合流すると言うことを繰り返して行く。
8号線は全体が狭いせいか、完全に歩道が分かれていない。段差のついた歩道がなく、路面に
白線で分離しているところもあるし、歩道があっても道の両側になく片側だけにあったり、その歩道が
なくなって反対側に歩道が出来たり、全体として歩行者にはやさしくない国道である。
昼間ならそう危険も感じないが、夜暗くなってからこの国道を歩くのは怖いと思った。
竜王町を通過して、近江八幡市に入ってまもなく8号線と分かれて旧道に入った。
近江鉄道の線路を渡ったところが武佐である。武佐駅がすぐ傍でちょうど信号がチンチンと鳴り、
八幡行きの電車が出るところだった。
ここが守山宿に続く武佐(むさ)宿である。
中村屋という旅館があった。多分昔の旅籠が今も営業を続けているのでないかと思う。
中村屋を通り過ぎたところに旧本陣があった。
武佐宿旧本陣
このあたりの小学校の生徒が書いた説明板
があった。
その他、高札場、脇本陣があった場所に小学生の生徒が書いた説明板があった。
それがこの宿場の特徴である。静かな田舎町であるが、特に昔の宿場町という面影もない。
武佐宿を通り過ぎてまもなく、向かうからウオーカーらしい人がきたので話しかける。
やはり旧中山道を歩いてきた人である。今日は初めてウオーキングの人にあった。しばい雑談。
今日は彦根から歩き出し、もう少し歩いて今日は泊まるということである。明後日に京都三条まで
歩いてゴールするという計画だそうである。ずっと歩き続けるのではなく、日帰りを中心に休みの
日に歩いているようだった。
年は多分四十歳代後半か50歳代初めの人とと思った。
神奈川県の小田原在住とのこと。一昨年旧東海道を歩き終え、去年から中山道を歩いているとの
こと。
歩けるときは30キロ以上歩くが、中山道は起伏があるので25キロくらいしか歩けないということで
あった。
旧東海道は22日かけて歩いた、旧中山道は今日で30日目だということであったから、
会社員として休みを利用して、そんなに強行軍でなく、歩いているのではないかと思われた。
東海道はなんといっても電車の便はいいが、中山道は交通の便が悪いので困ったというお話で
まったくそのとおりだと思う。長野県内ではよほど慎重に計画を立てておかないと、電車の本数も
少ないし、旅館などもないので、困ってしまうということ。
しかし、東海道に比べて中山道は昔の風情が残っているので歩くのが楽しいと、話をしていて
全く同感と感じることであった。いろいろ話も聞きたいが、私も電車の時間が気になるので、
じゃあということで別れた。
旧道をずっと歩いたところで、またしばらく8号線を歩く。しかしまたすぐ8号線と分離して旧道に入る。
五個荘町清水鼻というところである。五個荘町に入ったのだ。やれやれどうやら目処が付いてきた。
五箇荘は行政上の町名が五個荘町といい、駅名は五箇荘である。どちらが元々の名前なのか
分からないが統一してもらいたいものだ。
また、8号線を横断し、8号線と平行に走る旧中山道を急ぎ足で歩く。
五箇荘の金堂というところへ前に行ったことがあるが、重要伝統的建造物群保存地区に指定
されており、時間があれば寄りたいところであるが、今日は諦めて駅へ急ぐ。
旧中山道に面した五箇荘の家
ところどころ旧中山道の面影を残す建物が
ある。
写真を撮りつつ、駅へ急ぐ。
きわどい時間だが、どうやら電車に間に
あいそうだ。
前にきた時の見覚えのあるところを
歩く。駅への道も分かっている。
道の突き当たりが駅だったはずだと思ったが
見慣れぬ建物があるので、駅はどこだと
一瞬思ったが、これが駅だった。
前は駅舎がなかったか、工事中だったのだ。
駅舎が最近造られたのか、改装したのであろ
う。洒落た駅になっている。駅舎はりっぱでも
終日無人駅である。
近江鉄道五箇荘駅
午後4時30分着、6時間0分、28.6km
駅の時刻表を見ると次の電車は4時32分で
ある。ぎりぎり間に合った。
トイレへ行き、顔を洗い、ホームへ行くとすぐ米原行きの電車がきた。
近江鉄道の車中
2両編成のワンマンカーである。
近江鉄道の駅は無人駅が殆どなので
運転手が運賃の徴収もする。
この鉄道も収益を上げるため、いろいろの
企画をしているようで、電車の吊り下げ広告
に「サイクルカー時刻表」とうのがあったが
自転車持ち込みのサイクリング客を目当てに
電車を走らせているのもしれない。
たしかに座席の間が広いので、自転車を持ち込むスペースは悠々とある感じはする。
また、目の前の吊り下げ広告に「SSフリーキップ」というのがあるが、これは近江鉄道を利用する人
にはお勧めの割安キップである。全線一日乗り放題で550円だから安い。
このキップは第2と第4土曜日に発売されていたが、この広告を見ると毎土曜日発売とあるから
最近、全土曜日に広げたのかもしれない。近江鉄道の沿線には古い町並みなどいろいろ見所が
あり、是非土曜日に訪れられることをお勧めしたい。
また、何かの記事で読んだが、このすこし古めかしい車両に人気があるのか、沿線で写真を撮る人も
多いとか、そんな時はカメラや三脚その他の道具を持ち込んだアマチュアカメラマンで賑やかだと
いうことであった。
米原でしばらく待って豊橋行きの快速に乗り、名古屋へ6時半過ぎに着く。
7時40分、帰宅。今日の総歩数48410歩。
これだけ歩いたのも久しぶりだった。
以上