平成12年12月9日
滋賀県近江八幡市内散策(8.8km)

今日は丁度半年前に訪れたことのある滋賀県近江八幡へ再度行くことにした。
主には八幡堀の写真をもう一度撮りたいと思っていたからである。

なるべき早く行きたいが、そんなに早く家をでることもできない。
理想をいえば前日市内に泊まって、日が出るか、出ないくらいに現場へ行って
写真を撮りたいものであるが、そんなこともできない。


朝、7時に家を出る。
朝は寒いが、天気がよさそうで、日中は暖かくなりそうである。
天気のいいのが、気がかりである。天気は曇りのほうがよいが、
あいにく快晴である。
天気がいいと、デジカメの場合、影が強くなりすぎて、写真に陰影がはっきり
出過ぎる。

そんなことを気にしながら、近くの私鉄の駅まで歩く。
予定では、終点の名古屋栄町まで行かずに、大曽根で降りて、JR大曽根駅で
青空フリーキップを買って、そのままJR一本で行くつもりだったが、
朝早かったせいか、寝過ごして、気が付けば、終点の栄町だ。
ここから地下鉄に乗り、名古屋駅へ向かう。大曽根で降りことに比べると
地下鉄代が損といいうことだ。

青空フリーキップは緑の窓口でしか売っていないが、名古屋駅の緑の窓口は混んでいて
並んでいるまに、うまくいけば予定の電車より1台早い快速に乗れるとおもっていたが、
3分ほどの差で乗り損ねた。

大垣まで快速で行って、20分ほど待って米原行きに乗り、そこから姫路行き新快速に
乗る。このJR西日本の新快速は早い。

10時15分に近江八幡に着く。
駅下の観光案内で地図をもらう。八幡堀を通るバスがすぐ出るというので
それに乗ることにした。10分ほどで「大杉町」というバス停に着き、歩き出す。
八幡堀はすぐそばである。
前きた時写真を撮った橋より1本先、東よりの橋に出る。
観光客もそこそこいる。
そこで写真を数枚撮る。


橋の上から撮る。

そこで数枚撮って、
堀沿いの遊歩道を歩いて行く。

所々で後振り返りながら、写真を写す
場所を探す。


次の橋が、前きた時写真を撮った
ところだある。
ここでまた数枚写す。
やはりここが一番いいスポットである。
橋から下へ降りて、ここもいいと
思って写真を撮る。
これはその1枚である。
写真を構えていると、私の前へ
立ってじっと見て、また下がってきて
写真を構える格好をする人がいる。
シャッターが押せないので、待っていると私に気が付いたのか、軽く
会釈をいて、「ここがいいですな」と
云って、カメラの用意をしだした。


しばし雑談する。京都から来たそうで、湖東方面へ写真を写しに行く途中で寄ったとか。
カメラはニコンでズームレンズをセットし、三脚を出して、組み立てる。レンズにフィルターをセット。
ズームは300mmですかと聞くと「私のズームは普段は200mmを使いますが
大概はこれで間に合う」とか、また絞りは8くらいですかと聞くと「そうですな、ここなら11くらい
でしょう、風景を撮る時は絞りを絞るので、シャッター速度が20分の1とか30分の1、
遅そうなるのでどうしても、手ぶれのなりやすいからの三脚はどうしてもいります」
など喋りながら、レリースをセットして、帽子を脱ぎ反対にかぶり直して、
ファイダーを覗いている。
あまりしゃべっても邪魔になりそうなので、私はお先にと云って、別れて歩き出す。

八幡堀でかなりたくさん写真を撮ったので、予備のスマートメディアを持ってこなかったことを
後悔したが、仕方がない。後の写真は撮影可能枚数を増やすため、画質を1段下げて
撮ることにした。
しばらく八幡堀ぞいの道を歩く。写真を撮っている人がいる。私もここから撮ってみようと思うが
その人も撮影に時間がかけている。待つ間、少し離れた所で画を描いている人がいるので
画を見せてむらう。
なかなか手際よい画である。話し掛ける。近くからきたそうで、昨日から描いているそうである。
今日で描き終えたいとか。絵の具はうまく乾きますかと聞きと、乾燥剤も入っているから
すぐ乾きますよと云っておられた。八幡堀はこの先、いいところがありますかと聞くと、
これより先はあまり写真や画にいい場所はないとのことであった。
写真を撮っていた人も納得したのか、立ち去ったので、その場で私も2〜3枚撮る。
ここで八幡堀から離れて、町並みを見に行くことにした。
しばらく歩いて、新町通りという」重要伝統的建造物群保存地区」になっているところへ行く。


100メートルくらいだが、古い町並みが
保存されている保存地区の中心街で
ある。
すぐ先に歴史資料館があるので、
観光客がよく通るところである。



先ほどと逆方向から写す。
正面は八幡山である。
ロープウエーで上まで上がれる。

資料館へは入らず、そのままメインの京街道という
通りを歩く。


京街道というから、この道が京都に
通じているのだろう。
市の中心商店街だったと思われるが
どこも同じで寂れている。
アーケドーがわびしい感じがする。
左の店は老舗の呉服屋さんであるが、
ここでは営業していないようである。
営業している場所を書いた紙が
貼り出してあった。


近江八幡市立八幡小学校


京街道から南へ向かい。
八幡小学校の写真を撮りに行く。
いかにも古そうな建物だが、今でも
使用されているようである。

勿論それなりのメンテナンスを
して見事に残されていると思う。


小学校の校庭に入り込んで写真を撮らせてもらう。

後ろの体育館で、球技を指導している先生や
生徒の声が聞こえる。


八幡小学校からすこし西へ向かい、また北へ向かう。
池田町というところの洋風住宅街を見に行く。数軒古そうな洋風住宅がある。
勿論、生活中の住宅である。写真を撮り、そのまままた京街道を横切り、まっすぐに北へ向かう。
北へカーブしている八幡堀に行き当たるので、堀沿いに東へ(さきほど写真を撮った橋の方角へ)
ことにする。
八幡堀のことを解説している表示があったが、それによると
「八幡堀は天正13年(1585年)豊臣秀次(豊臣秀吉の養子)がこの町を開き、
琵琶湖を往還する全ての船はこの八幡堀を利用して八幡の町へ立ち寄ることを定めて
町の発展策とした。この運河によって北陸、京阪神の物資だけでなく、政治、文化など
あらゆるものが、この町に運び込まれ、湖東の中心地として栄えたのもこの八幡堀が
大きな役割を果たした」とあった。まさに歴史の流れを作った堀割だそうだ。


堀沿いに歩きつつ、写真に撮るが、確かに写真の題材としてはすこし見劣りする。

先ほど画を描いている人がいたが、その反対側の岸辺で画をかいている人がいたので
話し掛ける。
50代後半の男性だが、絵はまだ初めて間がないということだが、画は先ほどの人に比べると
やはりすこし幼稚な感じがした。
今日から書いているそうで、今日中に終えたいということだった。話の好きそうな人でいくらでも
喋っておれそうだったが、失礼してまた歩き出す。

そのまま堀沿いに歩き、写真を撮った橋の上でまた、数枚写真を撮る。
若い女性がやはり写真を撮っていたので、しばし雑談。
大阪からきたそうで、ペンタックスの一眼レフである。
私はデジカメでね、こんな天気ですと影が強く出すぎるんですよ」というと
「カメディアでしょ、私ももってます、それはかまえるですわ」と懐かしい大阪弁でいう。
私のカメラを手にとって、見ていたが、「調整はどうするやろ、器械が違うから
分かりません」という。機種は何ですかと聞きと、「これよりもうちょっと古いのんです」とか。

そこから、日牟禮八幡宮にお参りして、また歩き出す。



重要伝統的建造物群保存地区指定の
永原町通りで写真に撮って、
近江八幡駅へ向かう。


2kmほど歩いて駅に着く。1時半。3時間ほど歩いた。
米原行きが出たところで30分あるので、駅前のスーパーに入ってうどん屋でビール生小を飲み、
そばを食べる。

電車を乗り継ぎ、名古屋へ着く。
そこから本を借りるため、丸の内の愛知県図書館まで歩き、それからまた市役所北の
名鉄瀬戸線の駅まで歩く。

5時半帰宅、今日の歩数24,370歩

以上