平成19年4月21日

大阪・空堀商店街、玉造商店街、今里新道商店街、今里新橋商店街

大学同窓会の集合が12時なので、それまでの時間を利用して
大阪の商店街の写真を撮りに行ってきた。

1 空堀商店街

谷町筋に面した空堀商店街の入口

アーケードがあり、「はいからほり」というニックネームが
つけられているらしい。

時間が9時半ごろとやや早いため
準備中の店が多かったようである。


そろそろ店を開きかけているところが
多かった。

もちろん、シャッターの下りている店(廃業、休業)も
あるけれど、全般としては、にぎわっている商店街と
思った。

この商店街は、かなり長い。その全部を歩いたわけではなく、
ごくその入口を見ただけですが、
特に古い商店街の趣があるわけでもなさそうだし
シャッター通り化しているわけでもなく
ごく普通の商店街と思いました。



左側の店は、老舗のこぶ屋さんのようだった。



空堀商店街は、さっと見ただけで、次へ急いだ。


2 玉造商店街


玉造商店街(JR玉造駅近くから鶴橋駅まで続いている)の
入口

すぐ2〜3軒向こうに本屋があった。
わたしの同級生の女性が、その本屋の娘である。

偏屈そうな親父さんがいたが、
もちろん今は代替わり、店の準備をしていた中高年の
男性は、弟さんということだろう。

その前に古本屋があって、そこで左翼系の本を
何冊かかったことがあった。
その古本屋さんも、同じような感じの店が残っていた。



玉造商店街は、入口だけのぞいて、次へ急ぐ。


JR玉造駅から今里と向かう旧電車通りから、1本中へ入った商店街があったことを
思いだし、そちらの道を今里方面へ向かった。


いかにも古そうな交番があったので
写真を撮った。
無人の交番である。

となりのおばさんに聞くと
今でも交番として使われているが
おまわりさんは常駐していなくて
1日2回見回りに来るそうである。

むかしは、ここにもお巡りさんが
住み込んでおられたのでしょうか




この後、だいぶ以前、大阪の会社員時代の取引先が、このあたりに
何軒かあったので、それが今どうなっているか、見てきた。
そのため、そこでだいぶ時間を使ってしまって、会合の時間も気になって
今里商店街をざっと見てきた。


3 今里新道商店街

今里商店街の衰退ぶりを、友人から聞いていたので、どんな風なのかと
思いつつ、今里新道商店街を訪れたが、たいしたことはない。
愛知県、岐阜県で、完全にシャッター通り化している商店街をいくつか見ているので
ここは、結構にぎわっていると思った。


全体の2〜3割くらいの店は、閉まっているが
にぎやかな方である。

そこそこ人の流れもある。
店も活気がある。



同上

商店街を自転車で通る人が多いのには
びっくりするくらいである。

大阪の人は、自転車が好きだと思う。



同じく



この近くに、もう一つ商店街があると聞いたので、この商店街は適当に
切り上げて、そちらへ向かった。


4 今里新橋通り商店街

この商店街に1歩踏み入れて、「なんだこれは!」とびっくり。
「これはひどい」なるほど、友人が言っていたシャッター通り化している商店街とはこのことかと
十二分に納得。


店を開けているところは、10軒に1軒あるかないかと
いうところでしょう。

この写真よりもずっと暗い感じがする。

昼間でもこの程度の暗さなので、
夜だと、女性なら歩くのが、怖いくらいではないか
思った。

上にアーケードがある分、余計に暗く感じる。



この商店街に、映画館が5軒もあって
ほんとうににぎやかでしたよと
通りがかりのおばさんの話でした。
心斎橋通りに負けないくらい活気があった
そうである。
それも今は昔、大売り出しののれんが
わびしく感じられる。



同上

右側の店は、今度の地震でつぶれそうな
感じである。



右側に大きい空き家、空き地がある。
(これが昔の映画館だろうか?)

この大きい空き家のため
この商店街全体が暗く、惨めに
見える。



このあたりで唯一オープンしている店
(食料、日用品のスーパー)

客の姿はない。



同じく同商店街

ここまで衰退してしまっては
再生の道があるとは思えない。

死にかけた商店街の一つの例と
いえるのでは。




時間が気になるので、すこし重たい気分になりつつ、つぎの予定に急いだ。

以上