橘元愷

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事跡: 

天徳4(960)年ごろ 出生?
永観2(984)年8月 懐仁親王(一条天皇)の立太子に際し、射礼の第一の射手を勤めたか
正暦4(993)年2月30日 『小右記』に「詣弔修理大夫、乍立相談、摂政使元愷朝臣被訪給也。其後消息云、神事相、不能早問者」と名が記される
長徳4(998)年 伊賀守前司として見任
長和元(1012)年閏10月27日 『御堂関白記』に大嘗会御禊に際し、「御前車家、儲、御前十人、五位六人、惟通、元愷、兼忠、重俊……」
長和2(1013)年3月9日 「件事所感、是故一条院立東宮初手結、元愷朝臣第一奉仕時如此、以後思之感悦無極」(『御堂関白記』)
長和2(1013)年7月9日 「答廻粥、貫首元朝臣(橘)所問云々、今日参入諸卿、」(『小右記』)
長和3(1014)年1月24日 「下給前肥前国司元愷、俊遠等申文、調度文書、可定申者、元愷任終年雑米事也、諸卿自下臈 定申、事猶不尽、又々問元・俊遠等可令進可為件備之文書、於俊遠可定申者(『小右記』)
長和3(1014)年2月17日 「偏依婿公金吾(教通)触示所為也、是只元朝臣(橘)謀略也、不可謂両人、大納言違約、太傾奇耳、季布一諾、万代称之」(『小右記』)
長和4(1015)年1月9日 「俊遠・元愷闘乱事」(『小右記』)
寛仁元(1017)年11月15日 「元愷、俊遠等肥前功過事、今日可定究者、
令申依堅固物忌不可参入、可被令他上定申之由訖」
寛仁2(1018)年10月16日 「 令伝命旨、御消息云、今日直物、元愷(橘)・俊遠(橘)等肥前功課〔過〕事、今日可定」(『小右記』)
寛仁3(1019)年1月21日 「申、議已了者、仍文書等〈内位(橘)申文・俊遠申文・元(橘)等申文、〉返給経通了」(『小右記』)
寛仁4(1020)年10月20日 而国司(藤原文隆)卒去、新司(橘元〕任了、更又不可給官符、可給」(『小右記』)
治安3(1022)年6月5日 「長門守見任仍所令奏聞也、又仰云、長門国司元(橘)令申云、大垣事可勤仕、而当御」(『小右記』)

 能因の兄で、後に養父となるか(橘忠望・橘為愷の項参照)。一説に父。

『中古歌仙三十六人伝』
能因法師。遠江守忠望孫。肥後守為愷男。実弟云々。

『扶桑隠逸伝』
能因者。肥後守元愷子。

『大日本史』
橘永愷。左大臣諸兄十世孫、遠江守忠望ノ子、為兄肥後守元愷ノ所子養


『百人一首一夕話』

能因俗名を橘永愷といへり。橘左大臣諸兄公十代の孫、遠江守忠望の子なり。

   二番目の養父

 確証はないが、能因は最初、元愷の兄であろう為愷の養子となったらしい。大学寮で文章生となっていたころ、能因は『肥後進士』と呼ばれている。元愷は肥後守になったことはないので、この呼称は寛弘2(1005)年の為愷の肥後守任官によるものと考えるよりほかにない。ただし、為愷は任官からわずか半年で部下に殺されるという事件を起こしており、その後は元愷が父親代わりとなったようである。
 記録類から、元愷は国司として諸国を巡ったことが窺えるが、長和3年、肥前国を任期満了で退いたあと、新任の国司との間でもめ事が起こったものらしい。と言っても、俊遠は同族(5代前に遡ると兄弟同士)の男で、まったく知らない仲ではなかった。任終の年の雑米のことで問題があったようだが、新旧の国司の間で引継がうまくゆかなかったのだろう。就中租税のこととなると、前国司が中央政府の課した税額に達するだけの租税を徴税しておれば文句はないが、不足があると、新旧どちらが請け負うかでなすりつけ合いをすることもままあったという。元愷の場合はこの問題を5年も持ち越したらしく、新任俊遠の任期さえすでに終わっているかもしれないのに、まだ解決していないので深刻な問題だったのではと思わせる。
 この元愷がどのように能因と関わったかを知る術はない。少ない史料から、元愷の人柄を推し量るくらいがせいぜいだろう。長和2(1013)年3月9日の記録などを見ると、射礼で射手を勤めており、20年前にも同じような場面があったらしく、長きにわたってその腕が衰えていないとすると、身体頑健で武に秀でた一面を持っていたようだ。文官向きの人間ではなかったのかもしれない。能因も『後拾遺抄』『袋草紙』に「能因之為躰色黒長高」と記されているので偉丈夫だったという印象を受ける。兄弟だから似ていたのであろうか。
 ところで、能因には元任という男児がいる。出家直前ごろに生まれたのであろうから、出家後は元愷に預けたとするのが妥当ではないだろうか。子どもは妻の実家が養育することも多かったので一概には言えないが、名前に「元」の字があるのは、おそらく元愷の元を付けたのだろう。もし、元任を元愷の養子としたのであれば、能因は元愷を信頼していたことになる。いずれにしても、能因は二番目の養父、元愷を為愷よりは慕っていたのではあるまいか。