藤原信経

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事跡:
 安和2(969)年、出生
 正暦4(993)年7月21日、宿直懈怠により、右兵衛少尉を解任される(まもなく復任?)
 長徳元(995)年1月11日、六位蔵人 右兵衛尉
 長徳元(995)年9月27日、藤原実方赴任に際し、奏仰の記事あり
 長徳2(996)年1月25日、兵部丞
           5月3日、作物所別当を兼任
                        この年、清少納言に絵図面のことでからかわれる?
 長徳3(997)年1月28日、式部丞、このころから『蔵人信経私記』を書き始めるか
           (この年、3月と5月に安倍晴明が勧申などを行ったことが記される)
           7月ごろ、清少納言と「洗足料紙」の洒落のやりとりをする?
           12月10日、行成の命で東三条院御所触穢のことを奏上する
 長徳4(998)年1月7日、六位蔵人を去る(叙従五位下)
           1月25日、任河内権守
           10月10日、権記
 寛弘5(1008)年、この年越後守任官?
 寛弘6(1009)年10月15日、越後守として道長に馬を贈る
 寛弘7(1010)年、為時三女と結婚?
 寛弘8(1011)年12月18日 越後守見任
 長和2(1013)年4月15日、内蔵権頭任官
 長和3(1014)年6月17日、越後守再任
極官:従五位下

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『枕草子』の信経像

 藤原信経は、紫式部からみると父の兄、為長の三男で4歳ほど年上の従兄に当たる。この人は『枕草子』第99段に登場していて、清少納言の人物描写が確かなら、紫式部の従兄弟たちの中では唯一、人となりの判明する人である。
 が、この信経を清少納言はさんざんこきおろしている。字が下手で、彼の書いた漢字や仮名は読めたものではない。作物所別当であった信経は、誰かの元へ儀式用の調度品を作るようにと指示した。清少納言はその絵図面入りのメモを見て、「この通りに作ったら、けったいなものができるでしょう」と書き入れて殿上の間へ届けてしまう。居合わせた人々に笑い者にされたので、当人はたいそうご立腹だったという。
 章談全体に漂う滑稽感で、信経を何となく道化じみた人だと思いこんでしまうところだが、果たしてそれは真実なのだろうか。清少納言は自分が尊敬する人は手放しで賛美するのに、そうでない人はからかったり、嘲笑したりとその落差が激しい。その区別はどこからくるかと言えば、どうやら身分の高低と関係があるらしい。上流貴族の面々に対するときと、自分とほぼ同じ受領階級の殿上人に対するときとでは、態度が変わるのである。それも、建前上態度が変わるのではない。身分の上下はそのまま人格や品格と直結している、という信念があるのか、『枕草子』に登場する受領や殿上人は、誰もが滑稽で、変わり者で、どこか品のない描き方をされてしまっている。自分だって受領階級の女房にすぎないでしょうが? と言ってやりたくなるが、当の清少納言でさえ、さして意識していなかったかもしれない。それほど当時の人々にとって、身分とは絶対的なものだったということだ。
 だがそうなると、『枕草子』の信経の描写はあまり信用できないということになる。現に、信経には仕事の上で懈怠を生じたというような記録はない。『枕草子』勘物によれば、『信経記』という日記さえ遺しているという。当時の貴族はかなりまめに日記を書いているが、それも人によりけりで、実資のように五十年もの間几帳面に書き続けた者もいれば、筆無精で三日坊主の者もいただろう。信経の日記がどの程度精細なものかにもよるが、書いているだけでもよいほうではないか。官吏としてもそこそこ有能で、教養もある男だったのである。悪筆は真実としても、『枕草子』の信経像は話半分と考えなければならないだろう。
 ところで、清少納言が信経とのやりとりを『枕草子』に書いたことで、紫式部は怒り、『紫式部日記』の清少納言酷評へと繋がるという説がある。宣孝を御獄詣の章段に取り上げたのと、同じ効果を生んでしまったということだろうか。清少納言のほうに悪意があったかどうか、は『枕草子』(と言うよりこの章段)の執筆時期を特定できなければわからない。しかし仮に、清少納言に式部を貶めようという意図があったなら、宣孝と、この信経を選んだことに共通点があるのではないか、と思いたくもなる。宣孝が式部の夫であったのに対し、信経が従兄で義理の弟(式部の異母妹と結婚したとされているため)であった、だけでは何となく釣り合わないような気がする。信経と式部の間には、恋愛、または感情の行き違いといったようなものがあったのではなかろうか。為時三女の項にも書いているが、むかし式部の姉と結婚していたというのであれば、かなり筋が通るように感じられるが、どうだろうか。

参考文献:
  小大君集評釈
  枕草子

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