eの時のE-keyの勧め

もう何年前になるでしょうか。名古屋のフォックスが東京に進出した事がありました。 青山に出店し、JDRにいたH君と名古屋から来たO氏が任されていました。 その時、H君が「世界の完成リードを出来る限り集めます」と言って輸入しました。 ファゴットだけでも10本くらいあったでしょうか。そのほとんどはイギリスからだったと思います。 ちょっと吹かせてもらったんですが、全ての製品で3間のeがesになってしまったのです。 その時は「これでは売れないだろうな」「何でこんなものが良いのだろう」と思っただけでした。 私のリードは、まずそうはならなかったからです。 ほどなくフォックスが撤退し、H君が引き継ぎ東京ミュージックアートという名称になりましたが、数年後に無くなりました。

まあ、もちろんその店の事が本筋では無くそのとき吹いたリードの事です。 時間が経って私も若くなくなり、昔ほどパワーのあるリードでは無くなった時に思い出しました。 自作のものでも、Esになるリードが出て来たのです。あら、と思いました。 その時に三田先生の言葉を思い出しました。「eが不安定な時に右手のEのキーを押さえると、3間のeが安定するよ。」

イギリスとアメリカは基準ピッチが低いと言われている国(本当はドイツが高すぎる気がするんですが、一般にはそう思われています)で、リードも当然これに合わされる事になります。 そうした国でのリードは、ドイツに比べて薄く弱く楽に吹けると言う事になります。 もっともアメリカは気候、標高が場所によって大きく違うので、一般化が難しいでしょう。フィラデルフィアの元首席ガーフィールド氏は「ニューヨークとアスペンでは同じリードは使えない」と言っていましたし、ネヴァダの砂漠地帯や熱帯気候のフロリダは更に違うでしょう。 比べてイギリスは国全体が平坦で気候も変らず、国土も狭いので一般化して考える事が出来そうです。

とは言うものの、最近はドイツに留学しても、アッツォリーニやイエンセンの様な非ドイツ人に習う事も多いので、なかなかドイツではアメリカではと言うのが難しいですね(彼らの先生はトゥーネマンですが)。オーケストラもグローバル化している現在、既にその様に言う事自体古いのかも知れません。

話を戻しましょう。イギリスから輸入したリードは何故esになったのか?という疑問です。 先に述べた三田先生がおっしゃったのは、バッソンの指遣いの応用です。先生御自身が最初にバッソンで始められた事もあり、ファゴットへの応用は何時も考えておられたでしょう。Eーkey(バッソンでは穴ですが)をeの時に押さえるのは通常の指遣いです。そうしなければesにしかなりません。そしてイギリスは長らくバッソンが中心の国でした。セシル・ジェームスと言うフィルハーモニアの首席奏者が最後の名手とされ、カラヤンとの録音で吹いています。ソリストとして有名だったギディオン・ブルークも最初はバッソンだったと言います。そしてバスーンのテクニックを書いたアーチー・キャムデンが、ヘッケルの勉強にドイツ留学した初めての人とされています。

つまり、バッソンに対するファゴットの優位性の一つにeの指遣いの簡素化があるのです。しかし、バッソンは常にEを押さえますが、その代わり超フラットなリードでも安定します。つまり、イギリスにはその伝統が残っていたのではないかと思うのです。ファゴットでも薄く軽いリードで振動面が大きければeが下がりますが、Eを押さえてさえいれば問題はありません。低いピッチとこうしたリードの組み合わせなら吹き易いと思います。昔吹いたリードへの疑問はそう考えれば納得出来ます。

また、多少下がるリードでもこうして吹いているとそれ自体の振動が調整されて、eが普通の指遣いで取れる様になります。また、上手な人は平気なのに自分だけが下がる時など、押さえた時と離した時のアンブシャーを比べる事で、癖の修正、奏法の調整にも有効だと思います。リードを作る立場から言えば、音色と音量が豊かでしかも楽に吹ける状態を狙うと大きめのリードになり、それはesになり易い傾向が確かにあります。短く(幅が狭いものも)小さい薄いリードはesになり難いのですが、音色と音量に少なからず影響があると思っています。まあ、どちらを選ぶかは使う人の自由ですが。

視点を変えましょう。初心者は楽に音の出せるリードを選ぶ傾向があると思いますが、唇の筋肉がある程度鍛えられるまでは、必ず上記のやり方でeを取って練習するのも一つの方策です。そうすればeの振動の状態が逸早く体得出来ると思うのです。

その時に大事な事はボーカルで重量挙げをしない事です。鏡を見たり、友人に見てもらって下さい。タンギングをした瞬間にボーカルがぐっと上がりませんか? 意識しないでそうしている人は少なくないと思います。実はこれもeをesにする原因のひとつになります。

いかがでしょうか、述べて来た低いEーkeyの有効な利用に興味は持たれましたか? 速いパッセージなどはともかく、合奏で和音を作る時などに使ってみて下さい。通常のフィンガリングで問題無くeが取れる場合でも、微妙な音程や音色調整に役立つと思います。