三日目の続き写真(この回の写真はこのURLにまとめて置きます)

さて、マンハイムだが街中を見るのは10数年ぶりだろうか、どうにも近すぎて見物の対象とはならなかった。さて今回の印象だが、現代的な街になったなあと言うものだ。何となく田舎風だと思っていたのが恥ずかしい限りだ。今回ここに来たかったのは、Hellerと言うヴェジタリアンのレストランで食べたかったからだ。野菜と豆などの穀類だけで調理してあるのだが、実に旨かったのだ。

それはさて措き、最初はマンハイム大学を見る。元はレジデントで、所謂マンハイム楽派の音楽はここが中心だった。非常に広大な敷地と建物があるのは羨ましい限りだ。モーツァルトもここを訪れ375のセレナーデ八重奏版を演奏している。

とはいえ他に見たいものも無いので、野菜(Gemuese)料理の店を探す。何せ記憶が薄れているので、街をうろつく。中々綺麗な町並みだ、探しあぐねているとデパートのカウフホフ(Kaufhof)があったので、入る事に。なに、トイレに行きたくなったのだ。ところがイースターのウサギのチョコレートが半額で売っているのを発見。そうか、今年はイースターが早かったのだ。季節商品は悲しいものだが、買う方にはメリットがある。トイレにはおばはんが頑張っていて50セント取られたが、セキュリティーだと思えば安いものだ。日本でトイレに入ると何か危険を感じる事もあるし。そこを出ると先程のチョコレートの品定めだ。2年前に見た時は種類がそうあるとは思えなかったが、色々ある。さて、皆への土産はこれで決まりだな(笑)

さて、更に店探しは続く。マンハイムのシンボルであるヴァッサートゥルム(給水塔)を見る序に来た事を思い出し、そっちに行くと何とすぐに見付かった。記憶が曖昧になっていて裏通りと思い込んでいたが、実は大通りに面していたのだ。やれ嬉しやと早速入る。ここは100g単位で料理の種類に関係なく値段が決まる。勿論飲み物は別で、やや値段が高い料理群もある。とにかく皿を取ると料理を入れ始める。豆の種類が多く、豆好きの私には堪えられない。ここでひよこ豆を取ったのだが、食べると案外硬い。実はこの豆が好きで、缶詰を欠かさない。最近は乾燥豆を手に入れ料理しているのだが、どうやっても硬いのでやり方に問題があるのかと思っていたが、缶詰が柔らか過ぎるのだと納得した。どの料理も美味しく、多分10種類以上あったが、満足だった。日本に戻ってグーグルの地図で見たら、この店載ってました!

帰りも券売機で購入してハイデルベルクに。晩飯はシュニッツェルバンクと言う店で、まゆみちゃんと19時に待ち合わせしている。ホテルで少し休憩して出かけた。店名のSchnizelbankと言うのは作業台の事で、ここではそれをテーブルに使っているのが由来だ。5分前に着いたが、待ち人来たらず。時間になったので、3人だけど入れるかと言うと用意してくれた。15分くらい遅れてまゆみちゃんがやって来たが、何と連れがいた。聞けばエッセンに留学していた時の友人で、たまたま来ていたとの事。最初狭い所に4人かと思ったが、6人テーブルを2人で使っていた中国人の若い女が席を立ったので移る事が出来た。ここでは勿論ワインとハクセ(HAXE)を食べるつもりだが、体調を考えK君とシェアーする事にした。ここのハクセは皮がパリッとしていて実に旨い。ワインとビールで堪能した。ハンスさんがここの瓶のビールはROTHAUS PILTS(赤い家のピルスナー)が旨いと言っていたので、これを飲んだが、これが旅の最後の方でまた登場する。次の日は5時間半かけてベルリンに行くので、9時半ごろ店を出てホテルに帰った。さあ、ベルリンでは前回休館日で見られず心残りだった楽器博物館に行こう。

 

四日目

天気はいまいちだが、雨の心配はなさそうだ。朝飯を食べてからチェックアウトして、徒歩で駅に向かう。今日は強行軍だ。ベルリンに着いてからポツダムに行き、サンスーシを見ようと言うのだ。その上、20時からコンツェルトハウスで行われるKonzerthaus Orchster Berlinの演奏会を聴きに行く。同じ時刻にフィルハーモニーでDeutsche Sinfiniker Berlinの演奏会もあるのだが、会場とプログラムからこちらに決めた。マンハイムからICEに乗り換える。これはハノーファーの乗り換えが無い、カッセル経由の直通列車だ。最近はICEの為に新しい線が多く引かれていて、随分便利で速くなった。5時間ほどの長旅なので、この旅日記を書いたり音楽を聴いたり、眠ったりしながら過ごす。ところで、一等車は新聞のサーヴィスに加えお菓子を配る。最初はグミで、その後は全て同じチョコレート(Ritter Sport)だったが、これが頗る美味い。今ドイツで一番人気のあるチョコだそうで、フランクフルトの駅に大きな広告がある。最初は1個とるだけだったが、もうひとつ取って良いかと聞くと、勿論と言うので、その後は2個ずつもらう事にした。3個と言うと意地汚そうな気がしたからだが、本心を言えばお盆ごと欲しかった(笑)

さてベルリンのメインステーション(Hauptbahnhof)に着いた。ジャーマンレールパスのチケットと共に見せると、ベルリンウェルカムカードと言う電車に乗り放題のチケットがもらえるクーポンをDBのHPから落としていたが、これが難物だった。DBのインフォメーションで訊いたらチケットオフィスだと言われ、チケットオフィスでは「それは間違った情報だ」と言われ(という事は他にも来ているんだな)、もう一度他のインフォメーションに。最終的にツーリストインフォメーションに行けと言われたが、それはクーポンを見ていたので知っていた。こいつらは漸くそれに気が付いたのかと驚く。駅が広すぎて分からないので、複数あって目に付いたDBのそれに訊きに行ったのだ。この駅は分からない様に作ったとしか思えないほど複雑怪奇なのだ。何せ、駅が多層構造(6階建て)になっている上に馬鹿げて広い。この後乗る地下鉄の駅も相当なものだったのを見ると、ドイツ人の嫌がらせかと思うほどだ(笑)。しかし、終にZIEL(ドイツ語のゴール)に辿り着いたか!と思ったら腰が抜ける事態に。「2、3日前に予定数に達したので、なくなりました」だって。

 

とんだ時間の無駄をした。急いで一泊するシャルロッテンブルクの宿に向かう。シャルロッテンブルクはポツダムに向かうRE(地域急行)が止まるし、中心部にも近い場所の割りに安く泊まれるので選んだ街だ。近くにはベルリンドイツオペラやシャルロッテンブルク宮もある。ホテルには駅から徒歩数分で着いた。AI Koeigshof(アーイー・ケーニヒスホフ)という立派な名前のホテルだが、間口が2mくらい。とはいえ勿論奥行はあり、中で横にも広がっていた。経営はロシア人らしく、従業員もそれに客もロシア人が多い。レセプションの女の人は初心者らしく、下を見ながら英語で応対してくれたが、分からなくなると経営者らしい女が出てきて後ろから囁く。母親にコントロールされる船場吉兆の社長のニュース映像を思い出し、苦笑を禁じえなかった。そして部屋だが、さほど広くは無いが、絨毯が敷いてあり奇麗だった。面白い事にバスルームは三段ほど高くなっている3畳程の広さがあった。尤もバスルームといっても今回泊まったところはシャワーだけで、風呂のある所は一切無いのだが。食事も付いて50EURだが、ロケーションを考えればかなり安い。

時間も無いので、荷解きをするとまた列車に。ポツダムまではREで15分程度の距離だ。ただしサンスーシには歩いて行くつもりなので、それが大変かも知れないと思ったが、果たしてそうだった。歩き出す前に小腹が空いたので、駅のファストフード(Imbiss)で何かを食べる事にした。ベルリンに来たら何はともあれカレーヴルスト(Curry Wurst)だろう。焼いたソーセージを切って甘いカレーソースを掛けて供する。前にドゥイスブルク(ドュッセルドルフの隣町で、ラインドイツオペラを共同で運営している。ここもカレーヴィルスとが有名)で食べた時は、機械で細かく輪切りにしていた。使うソーセージも多少違う。ここでは手で切っていたが、まあどっちでも良いのだけれど。中々旨かったと言っておこう。

さて、サンスーシを目指そう。駅から小さい地図で見ると正面をまっすぐ行く様にあったのだが、大きい地図で確認すると180度回らないといけない事が分かった。これだから来てみないと分からないのだ。後日確認すると駅の逆の出入り口が便利だったらしいが、初めての街だから仕方が無い。それにしても由緒ありげな建物の多い街だ。しかし、街なかは工事だらけだ。実際今ドイツでは何処の町も、とにかく工事が多いのだ。

サンスーシまでは2キロ位のはずだが、土地勘の無い所では回り道する事が多いので油断は出来ない。案の定、面白い建物と移動遊園地に幻惑(?)されて目標よりも早く曲がってしまった。方向を間違わない様に角を曲がるのだが、道自体が真っ直ぐとは限らないので新たな目標を探る。人が多くなったので繁華街らしいとそちらに行ってみる。すると門が見える。これはブランデンブルク門だ。ベルリンのそれと同じだが、規模は小さい。K君がナヴィよろしくガイドブックを開き確認。私はガイドブックをいつも持たないので、有り難い。少し上り坂だったが15分くらいで入り口があった。最初に絵画館が、次いでサンスーシが見えた。サンスーシはプロイセンのフリードリヒ2世(大王)によって建てられた夏の離宮(後に居城)だ。ベルリンフィルのオクテットが、ここでドヴォルザークのセレナードを演奏した録画がある。大王は作曲もしたので、音響も良いのだろう。残念なのは今年のドイツが雪が残る程寒く、雪対策がなされたままだと言う事だ。つまり、ミュンヘンのニンフェンブルクなども同様だが、庭の石像に被いがされていて見られないのだ。濡れた石像が凍って破壊されるのを防ぐ為だから致し方ないが、面白さは減殺する。

この宮殿は大王自身の設計だそうで、階段が相当あり下からは建物が見えなくなっている。当時の建築家は反対したそうだが、余り華やかなものを好まなかった大王は考えを通したと聞いた事がある。天気がいまひとつだったが、高台の敷地から街を見て、宮殿を一回りして帰路に付く。先にある新宮殿(Neues Palais)まで行く手もあったが、あと1キロ歩くのは帰りを考えると厳しいので、諦めた。と言うより、草臥れていたのだ。さて、来た時と同じ道は詰まらないので、ひとブロック違う道を歩くと門が見えた。門番の格好をした人もいる。あら、こっちが正門だったんだと気が付いたが、最終的に両方見たので結果オーライ。この道はブランデンブルク門に出て、先ほどの商店街(Brandenburgerstraasse)の所に出る。今度は最短の距離で駅に着き、ベルリンに戻る。

夜はミッテにあるコンツェルトハウスの演奏会に行く。しかし、演奏会が跳ねてから食事をしていたのでは真夜中になるし、見知らぬ街でそれは避けたい。実はこのホテルはDB(ドイツ鉄道)の駅にも近いが地下鉄(U-bahn)の駅(Wilmersdorfer Str.)にも近いし結構な繁華街でもある。私はドイツで普段人々が買い物をして、食べている物を確かめるのが好きだ。詳しくは述べないが、それで留学生にすらあった思い込みを打破した事もある。と言う訳で、近くのショッピングセンターにあるカイザース(Kaisers)という安売りの店でハムやサラダ、それにビールなど買い込んだ。困ったのは冷蔵庫が無い事だが、まあ寒いから常温でも良いかとなるべく涼しい所に置いて出かける事にした。レセプションで地下鉄の切符を買い、ミッテに向け出発。U7で行き一駅先のU2Bismarkstr.で乗り換えるのだが、これが階段を上ったり降りたり迷路の様だった。兎にも角にもミッテに辿り着くが、地上に出ると交差点の真ん中でどっちか分からない。通りすがりのドイツ人数人に訊くが「コンツェルトハウスなんて知らない」と言う答えが返るばかり。クラシックなんて、今のドイツ人は普通は関心がないと言う事だ。仕方ないので勘を頼りに進むと、これがビンゴ。すぐに見付かった。5年前にBerlin Quick Tourという観光バスから見て、奇麗な建物だと思ったが矢張り良い。当日券を買おうと入り口に行くと、「チケットはカフェで売っています」という指示が。へえ、変わっているなとそこへ行ったが、ここではない地下の所だと言う。この辺の遣り取りは狐に摘まれた様だが、戻ってもぎりに訊くとすぐに分かった。ホントに目の前(笑)

チケット売り場も進歩したものだ、カードが使える。かつては現金の持ち合わせが無くて仕方なく安い席にした事もあったが、今昔の感がする。コンピュータの進歩は世界を変えているなあ。

中に入ると実に美しい内装だ。入り口で若い東洋人の女の人がプログラムを売っていた。2EUR60とは高いけれど記念になる。実は眼鏡を取らないと近くが見えない。加えて現金を余り使ってない所為か、2セントが20セントに見える。60セントの積もりで渡したら、6セントだった。売っていた子が日本語で話し始めたので、助かった。実のところ日本人かなと思ってその人にしたのだけれど。留学生なのかなと思ったが、特に話もせずにプログラムを抱えていざホールへ。元々は芝居の劇場だったそうだが本当に豪華だ。席は鉄製の立派で重い移動椅子だが、舞台から90度横なので向きを調整出来て良い。2階の奥右横の席だったが悪くない。しかも柱で区切られ、桟敷の様だ。その上、この区画に我々二人しかいない。オペラのバルコニーの様で最高だぜ!

出し物はブラームスのピアノ協奏曲第1番とメンデルスゾーンの「夏至の夜の夢」抜粋。指揮者はイヴァン・フィッシャー、ピアノソロはデジャン・ラジック。フィッシャーはブタペスト祝祭オケを創った人だ。ラジックはクロアチアのザグレブ生まれのピアニスト。作曲家としても活動している。実はブラームスのヴァイオリン協奏曲をピアノに編曲した人だ。YouTubeでアトランタ交響楽団と演奏しているのが一部見られる。それで興味を持ったが、プログラムを見ると東京にも来たらしい。コンクール歴は無いが、評価は高い様だ。予鈴が鳴った。オケが出て来ると盛大な拍手。日本と違い、昔はそんな事は無かったと聞いていた。演奏の後に花束を持って行くのも日本だけと言われていたが、ドイツでも現在はやる。日本の影響かも知れない。それはさて措き、この日は違ったが、ここのコンマスに日下紗矢子さんという日本人がいる。今年からは読響のコンマスも兼任するとか。大分前に一度ブラームスの協奏曲だったと思うが、聴いた事がある。彼女のブログがあるので、URLを置いておこう。 http://sayakomomo.exblog.jp/i1/

さて演奏だが、素晴らしかった。管楽器の柔らかい響きでキャンヴァスを作り、その上に絵を描いて行く様な音作りだった。コントラバスを後ろに並べ、ホルンはすごく上手いが下手(しもて)だ。

詳しくは写真を見て欲しいが、金管は上手のティンパニの前。これは良い配置だ。木管奏者の耳にも良いし、和音は作り易い。メンデルスゾーンではソロと女声合唱をなんとオケの中に配置した。これで、立体感と量感が出た。フィッシャーはかなりのアイデアマンと見た。

ピアノのラジックだが、弾き始めでは少しロマンチックすぎると思ったけれど、オケと一緒になると一体感が感じられる。現代的で洗練されているが、伝統的な柔らかい響きのオケとのコントラストが面白く、次第に水(酢)と油がマヨネーズになり、また分離し再びコロイド状になる様な感じと言うと分かってもらえるだろうか。無理かな(笑)しかし、ベルリンに行ったら聴いてもらいたいオケだと思う。実はこの日13時からホワイエで管とピアノの演奏会もあったのだ。ベートーヴェンのピアノとの五重奏や管楽五重奏などの演奏会もあったのだが、どう頑張っても間に合いそうも無いので断念した。こうしてオケを聴くとますます残念に思った。

そして休憩時間にちょっとした贅沢でビールを1杯飲み、いい機嫌で後半へ。メンデルスゾーンの序曲の最初の笛で痺れた。柔らかくて引き込まれる様なピアニッシモだ。ピアノは「小さい音」だけでなく「ソフトな音」だと思っているが、正にそれだ。また笛とオーボエは、ユニゾンで音程も音色も中々合わないのだが、ここはぴったり揃う。とにかく音が荒れないので、聴いていて疲れない。このオケを聴いて、ベルリン州立劇場管弦楽団(リンデンオパー)の響きを思い出したのは偶然ではないだろう。

ところで、この時の合唱はRIAS室内合唱団だが、これはちょっとした皮肉だった。フィルハーモニーで同時刻に演奏しているベルリン・ドイツ交響楽団の前身はベルリン放送交響楽団、その前がベルリンRIAS管弦楽団だ。RIASはRadio In American Sector(アメリカ側の放送)で、戦後に作られた。RIASが解体された後は自主運営のオケで、フェレンツ・フリッチャイやロリン・マゼールなどが指揮していた。ちなみに私が初めて買ったモーツァルトのLPはマゼールとこのオケで、交響曲の38と39番だった。既に述べた様に、放送と付いても放送局との関係は無かった。またコンツェルトハウス管弦楽団は、1952年創設の旧東ドイツのベルリン交響楽団が前身だ。東西が鬩ぎ合っていた時の産物と言えよう。両者が一緒に演奏する機会は皆無だっただろう。そして今、RIASの合唱がここにいて、本体は他で演奏中。正に東西融合。

演奏会が終わると10時を回っていたので、急ぎ帰路に付く。近くのレストランは夜を楽しむ人達で一杯だが、道に人は殆どいなかった。地下鉄で帰るとホテル近くも人通りはまばら。東京の不夜城とは少々趣を異にしていると感じた。ホテルの近くはストリップなどもあり少々柄が悪いので、そうした店はそれなりに賑わっていた様だが。

ホテルに帰って遅い夕食をとる。缶のヴァイツェンを開け、ハム、ツンゲヴルストそれにポテトサラダを肴に飲んだ。日本では殆どのポテトサラダは保存が利かない状態だが、こちらではしっかりしたプラスチックの容器に入って長期保存が利くし、種類がとにかく多い。少し甘いのが欠点だが、それも慣れると悪くない。レストランは高く付く事もあるが、こうした一般の食卓に載るであろう食品が食べられる方が面白い。今回マーケットで興味を引いたのは、パック入りの寿司が置いてある事だ。もちろん、テイクアウトの店には前からあったが一般のマーケットでは見なかった。そう言えばICEの中で、妙齢の婦人が手盆をしながら寿司を頬張っているのを見た時は、ここまで来たかと思ったものだ(笑)

本当を言えばそれはマナー違反なのだが、日本でも芸能人が品良くしている積もりで手盆をするから困る。余りにそれが多いので、滑稽を通り越して悲しくなる。日本食の基本は器は持つ事なのだから、取り皿やのぞき(醤油皿)を使って欲しい。醤油が手に落ちたら舐めるのか?

さて、明日はベルリン市内を見物する。それに備えて寝よう。